視える人
小さく唸りつつ、ブレアは腕を組みながら、耳飾りの向こう側にいるヴィルへと問いかける。
「しかし、精霊か……。ヴィル、精霊が視えるようになる魔具とか、お前の店に置いていないのか?」
『いやぁ、ないですね。そんな逸品があったら今頃、精霊は魔法使い達に捕まって、力を利用されることになってしまいますからね。……そもそも、精霊と契約出来る魔具が存在していることさえも、稀有だというのに。まぁ、恐らくですが、この手の魔具は精霊側が気に入った人間がいた際に、相手に自分と契約を結んで欲しくて作った魔具だと思いますよ』
さすがは魔具を専門に扱っている店の店主だけあって、ヴィルは言い淀むことなく説明してくれた。
精霊がどんな姿をしているのか分からないが、見たことがないものを見てみたいと思う気持ちは少しだけ分かる気がする。
人から生まれた好奇心はそうやって、次第に実用的なものを作るための意欲となっているのだろうと思った。
「確かに精霊を利用しようと思っている魔法使いは多くいそうだな。……だが、結局のところ精霊が視える人間がいなければ、その魔具も使えないだろう。それ程、心配しなくてもいいと思うぞ? 今のところ、団員の中には精霊が視える奴は一人しかいないし──」
そこでブレアは何かを思い出したように、はっと顔を上げる。そして、彼女はにやりと口元を緩めてから、どこか納得するように呟いた。
「……そうか、視える奴がいたな」
ぼそりと呟いた言葉によって、クロイドもとある人物のことを思い出す。
「それって、魔物討伐課のリアン・モルゲンのことですか?」
情報通であるミレットは知っていたようで、ブレアとクロイドが思い浮かべた人物の名前をすぐに口に出した。
確かにリアンは団員の中で唯一、精霊を目にすることが出来る瞳の持ち主であり、また会話も出来る人物だ。
彼はあまり深く認識してはいないようだが、精霊の力を貸してもらっていると言っているので、契約者でもあるのだろう。
すると、耳飾り越しのヴィルが興味深いという反応を示した。
『ああ、噂で聞いたことがあるな。数か月前に入団した団員で、「黄昏れの半月」という精霊剣を扱うことが出来るらしいね。いやぁ、本当に精霊を瞳に映すことが出来る人間がいるなんて、凄いなぁ~。俺もぜひ精霊と会話してみたいよ』
ヴィルの言葉に対して、ミレットは気が抜けると言わんばかりに肩を竦めていた。
「のん気なことを言っている暇はないわよ。全く……」
そんなミレットに苦笑しつつ、ブレアは先程よりも強張りが解けた表情で言葉を告げた。
「……では、魔物討伐課のリアン・モルゲンに協力してもらって、精霊の気配を辿ってもらえるか頼んでみるか」
「ですが、リアンと精霊が会話出来ることを知らない団員達もいるので、秘密裏に協力を要請した方がいいでしょうね」
クロイドがそう言うと、同意見だったのかブレアは頷き返した。
「ヴィル。お前のおかげで解決の糸口が見つかりそうだ。協力、感謝する。今度、魔具調査課内で年末の宴会がある時はぜひ、呼ばせてもらおう」
『ははっ、ありがとうございます。それならば、極上のお酒でも用意しておきますよ。……また、何かあった場合には連絡して下さい。教団の外からしか、お手伝い出来ませんが、全力で協力させてもらいますんで』
「ああ、よろしく頼むよ」
『それじゃあ、ミレットちゃん、またねー! あ、でも特に用事がなくても、遠慮せずに連絡を──』
瞬間、ヴィルとの通信はミレットの手によって無理矢理に切られる。
「……」
「……」
その場に暫くの間、無言の状態が続いていたが、ミレットが手に持っていた耳飾りを机の引き出しへとしまったことで静寂は破かれる。
「さて、それでは私がリアン・モルゲンに連絡を取って、呼び出しますね。二人はそのあたりのソファに腰かけて、待っていて下さい」
「あ、ああ……」
有無を言わせぬミレットの笑顔に、多少引いていたクロイドとブレアだが、それ以上を追究するようなことはせずに素直に従うことにした。
徹底したヴィルへの対応に感心する一方で、彼には少し同情も抱いてしまう。
どうか、少しだけでもヴィルの恋心が報われる日が来ればいいなと密かに思ったが、決して口には出さなかった。




