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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
裏の教団編
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決意

   

 その時、誰かが何かを呼び止めるような声が聞こえるも、それを振り切ったのかこちらに向けて足音が次第に大きくなってくる。


「――ちょっと、アイリスは!?」


 クロイドが寝かされていた個室のカーテンを大きく開け放したのはミレットだった。

 その顔色はまだ青白くて、気分はかなり悪そうに見える。


「ねえ、アイリスはどこなのよ!」


「ミレット、すぐに起きたら、身体に悪いわ。まだ、本調子じゃないんだから……」


 その後ろをクラリスが慌ててついてくる。先程の呼び止める声はクラリスによるものだったらしい。

 だが、クラリスの制止を振り切るようにミレットはブレアに詰め寄る。


「ブレアさん! 早く、アイリスを……! あの子が危ないわ!」


 ミレットの手には魔具『千里眼(せんりがん)』が持たれている。何か、視たのだろうか。


「アイリスもラザリー達も、視えなかったから、ラザリー達の共通点を千里眼で探していたの。そうしたら……」


 そういって、ミレットは手帳の中身を見せてくる。

 そこには一人の名前が書かれていた。


 『エイレーン・ローレンス』


 アイリスの先祖であり、教団の創設者の一人、――「黎明(れいめい)の魔女」。


「多分……ラザリー達は……」


 ミレットが、何かを言いにくそうにしながら、言葉を飲み込む。

 だが、そこでやっと頭の中で全てが繋がった気がした。


「アイリスを……アイリスの中に、エイレーンの魂を降ろす気か!?」


 一昨日、ラザリーが言っていた言葉がやっと腑に落ちた。

 しかし、自分で言った言葉が途端に恐ろしく感じたクロイドは急に心臓を鷲掴みされたような気分になる。


「魂を多く使用する禁魔法についても調べたの。……大きな儀式や召喚の魔法で、魂を犠牲にしたものがあると分かったわ」


 カイン達の魂を生け贄にして、エイレーンの魂を呼び、そして――。


「ラザリーは霊を悪霊へと変えて、それらを自在に操れるわ。エイレーンの魂をアイリスに降ろして、操ろうとしていたのかもしれないってことよ」


 ブレアは唇を噛み締めながら、ミレットの報告を聞いていた。彼女も何か思うところがあったが、確証はなかったのだろう。


「ちょっと待ってくれ。それなら、アイリスは……アイリスの魂はどうなるんだ!?」


 身体に別の魂を入れるという魔法が実現出来ると言うならば、アイリスの魂はどこへ行くのだろうか。

 だが、クロイドの問いに答える者はいなかった。言わなくても分かっているからだ。


「……でも、悪霊になった魂達は全て還したわ。エイレーンの召喚は出来ないはずよ」


「いや、エイレーンを召喚する方法なら、まだあるんだ」


「え?」


 そこで黙っていたブレアがやっと口を開く。ミレットの後ろに立っているクラリスは何が起きているのか分からないという表情で戸惑っていた。


「これは魔法を行う者にも大きな危険が及ぶことから、実際に行われたことはない。だが、一番確実で、大量の代償が必要ない魔法だ」


「何なんですか、それって」


「アイリスはエイレーン・ローレンスの直系の子孫だ。……ローレンスの血で、エイレーンを呼び出すんだよ」


「っ!?」


 クロイドとミレットは顔を見合わせる。


「実際に試された魔法ではないが……。アイリスの血を用いた魔法陣を描き、そして空っぽになった身体に魂を入れるんだ。つまり、アイリスの血と魂と身体を捧げれば、多くの魂を用いた儀式でなくても、エイレーンをアイリスの身体に降ろすことが出来る可能性があるということだ」


 ブレアの推測に対して、ミレットは吐き気がしたのか口を押える。


 聞いていて、気分のいいものではなかった。まるで、アイリスを生け贄に捧げているようではないか。


 いつの間にかクロイドは無表情のまま立ち上がり、棚の上に置かれていた自分の上着を羽織る。ふと、首に下がっている空色の石が目に入った。


 この石をアイリスから貰った時、本当に嬉しかった。

 誰かから、何かを貰ったことはない。何かを強く願われたことも。


 アイリスはきっと、自分と同じ願いを石に込めたはずだ。


 ――どうか、この石が守ってくれますように。


 そうだ。あれは願いだったわけじゃない。

 誓いでもあったのだ。


 自分がこの手で彼女を守りたいと願う――その意志が形となったものだったのだから。


「クロイド、どこへ行く」


「アイリスを助けに行きます。このままでは手遅れになる」


「場所も分からないのにか」


 あまりにも冷静なブレアの問いかけにクロイドは自身の頭に血が一気に上るのが分かった。


「それでも……!」


 大きく息を吐く。


 脳裏に張り付いたのは、絶望したように泣きそうな顔。

 それが、拭えない。ずっと、拭えないままなのだ。


「それでも、俺はアイリスを助けにいきたい」


 真っすぐと挑むようにブレアの瞳を見る。


「俺は教団に来てからアイリスにたくさんのものを貰いました。今、こうして『人間』としていられるのも彼女がいたからです。彼女の優しさが、俺を救ってくれたんです」


 喘ぐように息をする。

 ミレットもクラリスもただ、唖然としているようにクロイドを見ていた。


「俺は、アイリスがいないと駄目なんです。彼女が相棒じゃなければ、俺はここにいる意味がない。俺の存在はアイリスにとっての相棒、それだけのためにあるから――」


 悪魔メフィストに誘惑され、心を奪われそうになった時、アイリスは自分にそう言ってくれた。強く、温かな声でそう願ってくれた。


 アイリスにとっての相棒、それだけで十分に存在価値なのだと。

 それならば、自分だって同じだ。


「俺にはアイリスが必要なんです。この先もずっと……ずっと、彼女の存在が必要なんです」


 静まり返る部屋は弦を張ったように空気は動かなかった。

 それでもクロイドは瞳の奥に炎を燃やしながら、目の前のブレアを真っすぐと見る。


「……止めても、無駄か」


 やがて、観念したようにブレアが一度、瞼を閉じてから深い溜息を吐き、立ち上がる。


「お前達には十分に迷惑をかけたから、この件の落とし前くらいは私が付けようと思っていたが、これは黙っていても付いてきそうだな」


 そう告げるブレアの表情は先程のように思い詰めたものではない。

 いつもの、余裕のある笑みを浮かべている。


「って、ブレア課長! アイリスの居場所が分かるんですか!?」


「大体だが分かっている。こっちはこっちで、『選ばれし者(シェルティスト)』達の行動を監視していたからな。時間的にも危うかったが、彼らの活動拠点も何とか把握出来ている」


「そんな情報知らないですよー!」


 情報課としての矜持に関わるのか、ミレットがふくれっ面をする。


「すまない。これは上層部でも一部の人間しか知らない情報なんだ。水面下で静かに動かなければ奴らに気付かれてしまうからな。……長年の決着を付けるためには、仕方がなかったんだ」


 つまり、『選ばれし者(シェルティスト)』達のしっぽを掴み、一網打尽にする機会を窺っていたということか。


「だが、これほど早い時期になるとは思っていなかった。奴らは余程、早急らしい」


「アイリスを……助けに行く部隊はあるんですか」


「もちろんだ。ただ、奴らもそれなりに数は居るからな。恐らく、教団に所属していない者も混じっているし、かなりの魔法の使い手だっている。怪我だけでは済まないかもしれないぞ、クロイド」


 今度はブレアが挑むように真っすぐとクロイドに視線を向けて来る。

 だが、クロイドは小さく不敵な笑みを浮かべて、答えた。


「アイリスと約束しているんですよ。任務の時は全力で。命を無駄にするような行動はしないって。怪我くらいなら、きっと許してくれます」


 何せ怪我が多いのはアイリスの方だ。

 今回ばかりは、自分が怪我をしても文句は言われないはずだ。


「ふっ……そうか。……二人共、良い相棒になれたようで、安心した」


 母親のように優しく笑い、一度瞳を閉じてから、ブレアは厳しい課長の顔へと変わる。


「ミレットは身体が大丈夫なら、そのまま『選ばれし者(シェルティスト)』の名簿を上げてくれ。可能な限りでいいから」


「分かりました」


「クラリス。君にも頼みがあるが、いいか?」


「はい、何でしょうか」


「恐らく、これから起こる戦いで負傷者が大勢出る可能性がある。出来る限りでいいので、治癒魔法が使える者を揃えておいてくれ」


「はい」


 そして、ブレアは最後にクロイドの方へと振り返る。


「『(アルバ)』、クロイドに告げる。今回の任務はアイリスの救出と『選ばれし者(シェルティスト)』達による組織の壊滅だ。十分後、教団の中央広場にて、集合。以上だ」


「……はい!」




 だが、それぞれが行動に移そうとした時、部屋に一つの幼い声が降り注ぐ。


「――ブレアよ。その中にわしはちゃんと入っておるかのぅ?」


 凛としているようで、どこか懐かしい声。

 しかし、声色のわりに喋り方が古臭い。この匂いも知らない匂いだ。


 誰かがカーテンの向こう側にいるらしい。


「……先生! あなたも行かれるおつもりで?」


 ブレアが戸惑ったように声を上げた。

 カーテン越しに人影が見えたが、それは子どもくらいの身長だった。


「このような事態になったのも、わしが今まで野放しにして手を付けなかったからじゃ。エイレーンの子孫には申し訳ないことをしたからのぅ。……直にわしが落とし前を付けねば気がすまぬ」


「ですが……」


 クロイドはミレットの表情を見てみたが、彼女は何か奇妙なものに遭遇したかのような表情をしていた。その一方で、クラリスは首を傾げたままである。


「構わぬ。それに一番上の者がはっきりと物申した方がいいだろう?」


 一番、上と言ったか。その言葉を聞いたミレットは小刻みに震え始めていた。

 そして、ブレアが先生と呼ぶ程の人だ。一体、この人物は何者だろうかと思っていると、その人影がクロイドの方へと顔を向けた気がした。


「そこの若いの。お主、エイレーンの子孫を助けたいのじゃろう?」


「は……はいっ」


 声は年下のように幼い声なのに、つい緊張してしまい、裏返った。まるで声に魔力が宿っているようだ。


「うむ。ならば、ちゃんと余所見をせずに、その子を守れよ。――すぐにわしも出る。お主らも準備を急げよ」


「はい」


 その言葉を最後に、小さな影がカーテンからすっと消える。もう人の気配はそこには無かった。ちらりと見てみるとブレアの額には珍しく汗が浮かんでいた。


「ぶ、ブレア課長。今の人って……」


 驚きを隠せずにミレットは手元をどこへやればいいのか、迷うように揺らしている。


「……彼女はミレットの予想通りの人だ。クロイドは恐らく後から会うだろうが、話はあとだ。急がなければ間に合わなくなってしまう。皆、準備を整えてこい」


「はい!」


 ブレアの号令に三人はそれぞれ準備に取り掛かるために歩き出す。


「……」


 今の自分を受け入れてもいいと許せたのは、アイリスがいたからだ。彼女が自分を受け入れてくれたから、初めて自分の存在を許すことが出来たのだ。


 一緒にいつか魔犬を倒そうと約束した。前に進み続けようと、誓った。

 彼女と一緒に生きたいと願うのは、少し大げさに思われるかもしれない。


 それでも、そう願ってしまうのは、どういう感情からなのだろうか。


 ……絶対に助ける。


 首から下がった空色の石をクロイドは決意するように強く握りしめた。

    

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