秘密の通路
ふっと、一つ息を吐いてから、ヴィルは秘密の通路について話し始める。
『教団に入団したばかりの俺は任務の合間に教団内を探検してはよく迷子になっていましてね。慣れるまでは大変でしたが、そのおかげで教団内部はある程度、把握出来るようになりました。そんな時に、ちょっとだけ不思議な扉を見つけたんですよ』
まるで御伽噺の切り出し方のような口調でヴィルは話し始める。
『俺が通った秘密の通路の入り口はどこにでもあるような木製の扉でした。でも、「奇跡狩り」で回収された魔具が保管されている地下の扉はどこも鉄製ばかりだったので、ちょっとだけおかしいなと思って試しに扉の取っ手に手をかけて、入ってみることにしたんですよね』
「お前、よく散歩のような感覚で未知の場所へと入ろうと思えたな……」
呆れるようなブレアの呟きに対して、ヴィルは低く笑い返していた。
『何事も自分の目で確かめないと気が治まらない性分でして。……まぁ、そんなわけで木製の扉を開けて入ってみれば、広がっていたのは真っ暗と呼べる空間でした。何も見えない空間ですが、視界が見えないわけじゃなかったので、不思議だなぁと思いつつ俺は進んでみることにしたんです』
「得体の知れない場所をほいほいと進めるあんたの気が知れないわ……」
『ミレットちゃんにそう言われると嬉しいねぇ!』
「別に褒めてないわよ!」
いつものやり取りに肩を竦めつつ、クロイドは話の続きを促した。
「何も見えない真っ黒な空間だったのに、進むことが出来たんですか?」
『うん。それが一番不思議だったんだよね。自分の身体が見えない程に真っ暗なのに、前に進めるような空間なんて明らかにおかしいだろう? だから、俺はこの空間が魔法か何かの力によって創られたものだと気付いたんだ。妙な気配も漂っていたしね』
「魔法による、空間……」
『そして驚いたことがもう一つ。真っ暗な通路を進んだら、すぐにロディアート時計台の地下に辿り着いちゃったんだよねぇ。いやぁ、あれは本当に驚いた。時計台の地下が今は備品を保管する倉庫になっているおかげで一般人と顔を合わせるような事態にならなくて済んだから良かったけれどさ』
「えっ? 教団からロディアート時計台まで走っても十分以上はかかるでしょう? それなのに、秘密の通路を歩いたらすぐに着いたというの?」
ミレットは眉を寄せつつ、責めるようにヴィルへと訊ねる。
確かに教団とロディアート時計台の間にはかなり距離がある。走れば十分ほどで辿り着くが、歩けば二十分はかかるはずだ。
『そうだよ、そこなんだよ。……つまり、俺が通った通路は空間自体がこことは違う別物だった可能性があるんだ。そうだなぁ……ほら、教団側でも転移魔法が実践出来るか色々と試しているだろう? 俺が経験した状況はまさしく、「転移」に近い感覚だったね。空間と空間を直接的に繋げて移動したんだと思うよ』
「転移……」
ブレアの瞳はそのようなことが可能なのかと問うような眼差しをしていた。教団でも転移魔法が使えるか研究されているようだが、今のところ上手くはいっていないらしい。
そのため、今回のような騒動が起こっても転移魔法を使うことだけは避けられていた。研究途中である上に、どこに転移するか分からないため、使用厳禁とされているのだ。
『それと今更だけれど、気付いたことをお伝えするよ。……俺の予測だから、あまりあてにしないで欲しいんだけれどさぁ……』
「何よ。はっきり言いなさいよ」
ヴィルが言葉を濁したため、ミレットが叱責するように言葉をかけると耳飾りの向こう側からはどこか嬉しそうな短い叫びが返ってきた。
結局のところ、ミレットと会話出来るならば、どのような言葉でも嬉しいのだろう。
『……多分だけれど、この秘密の通路に関わっているのは「精霊」だと思うよ』
「何だと……?」
まさか、「精霊」という言葉が出てくるとは思っておらず、その場に居た三人はそれぞれ複雑な表情を浮かべながら、耳飾りを見つめる。
『ブレアさん。この通路は移動しているみたいって話をナシル達にもしたけれど、知っています?』
「ああ、そのように聞いたぞ」
『俺も「精霊」のことが特別詳しいわけじゃないんだけれどね、精霊の中には自在に空間を操って、行き来することが出来るものもいるらしいよ。それこそ団員達が研究している「転移」に近いことが』
「……」
『どうして俺が、この通路と精霊に関わりがあると思ったのかというと……。以前、入荷した商品の中に自然の力を操れる精霊が宿っている魔具が紛れていて、珍しくも入手出来たんだよね。使い手はいまだに見つかっていないけれど』
「げっ、何でそんな貴重なものを……」
『こうやって、たまに貴重な逸品をお目にかかることが出来るから、この仕事は止められないよねぇ~。って、話が逸れたね。まぁ、そういうわけで俺は精霊が宿っている魔具に直接、触れる機会があったんだよ』
ははは、と愉快そうな笑い声を上げていたがヴィルはすぐに切り替えたように落ち着いた声色へと戻った。
『俺自身は精霊を目にすることが出来る特別な瞳を持っていないから意思疎通は出来なかったけれどね。でも、精霊の存在を感じることは出来るみたいで、魔具に触れていた時の感覚と、数年前に秘密の通路を通った時の感覚が似ているように感じたんだ。こう見えて、観察眼と感受性は高いと自負しているから、例の通路も精霊が関わったものだと思うよ』
「よく分かるな……」
ブレアが感心するように呟くとヴィルからはどこか照れくさく笑うような声が漏れてきた。
『これでもあらゆる情報を保管するラクーザ家の人間の一人ですが、人間と接するよりも、物と接する方が俺は受け取りやすい性質ですからね。それに魔具の目利きの優秀さに関しては、他の誰にも譲りませんよ』
相当、自信があるのか、耳飾りの向こうで胸を張っているヴィルの姿を安易に想像出来た。
やはり、想い人であるミレットの前では格好良くいたいのだろう。だが、それを抜きにしてもヴィルの目利きの才能は素晴らしいものだと思った。




