お手製の魔具
情報課の団員達は様々な方法を使って、各部課から報告を受けたものを紙面にまとめたり、伝達用の紙製の魔具を使って、方々に連絡をしたりしていた。
また、外部との連絡が取れないかと色々と試しているようだ。
「ミレット」
クロイドは他の団員達に混じって作業をしていたミレットに声をかける。
ミレットはすぐにクロイドとブレアに気付いたが、二人の姿を見るなり、泣きそうな表情を浮かべた。
……ああ、ミレットもアイリスがどんな状態なのか知っているのか。
アイリスの親友であるミレットに対して、申し訳なさを抱いてしまう。だが、ミレットはクロイドを責めるようなことはせずに、瞳に浮かんでいた涙を素早く服の袖で拭ってから、返事をした。
「クロイドだけじゃなく、ブレアさんまで情報課に来るなんて珍しいですね。どうかしたんですか?」
ミレットはアイリスに対する感情を全て心の奥底へと仕舞い込んでから、仕事人としての表情へと戻った。彼女のその気概には感服するばかりだ。
「実はな……」
ブレアは周囲の団員達を混乱させないようにと気遣っているのか、小声でミレットの耳元で囁いた。ミレットはブレアから聞いた話に驚いたのか、思わず口元に手を当ててから小さな声を上げる。
恐らく、ヴィルが以前、見つけた通路こそが秘密の通路である可能性が高いといった話をしたのだろう。
「えっ……! そんな話、初めて聞きました……」
「まぁ、そういうわけでヴィルに直接、話を聞きたいんだが何せ伝達用の魔具だけでなく、魔法による通信でさえ、教団の結界で遮断されて通用しないからな。お前ならば、ヴィル個人に連絡する手段を持っているのではと思って、ここまで来たんだ」
ブレアの言葉にミレットは次第に顔を顰めていく。そして、心当たりがあるのか、彼女はどこか諦めたように深い溜息を吐いた。
「……はぁ……。まぁ、確かにヴィル個人と連絡を取る手段はいくつか持っていますよ」
ヴィルはミレットのことを溺愛しているが、ミレットは彼からの感情を持て余しているようだ。
それでもミレットは、ヴィルから貰ったものを捨てたりはしないとアイリスがこっそりと教えてくれていたことを思い出す。
「ちょっと待っていて下さい」
ミレットは自分の仕事机へと戻っていき、引き出しから何かを取り出して、こちらへと戻ってきた。
「……普段は仕事の邪魔になるといけないので、身に着けてはいないのですが、今日はたまたま、仕事机の引き出しの中に入っていたので。ええ、偶然ですよ、偶然」
何故か口調をところどころ強調させつつ、ミレットはクロイド達に掌の上にあるものを見せてくれた。
赤茶色の雫の耳飾りがそこには転がっており、思わずミレットの方に視線を向けると彼女は何故か渋いものを口に含んだような表情をしていた。
「……以前、ヴィルが贈ってくれた耳飾りです。これを身に着けると同じものを持っているヴィルと会話が出来るんですよ」
「まるで電話みたいだな」
ブレアはほぅ、と溜息を吐きながら興味津々な表情で耳飾りを見つめている。クロイドも水宮堂では同じようなものは見たことはなかったので、思わず耳飾りの魔具を凝視してしまっていた。
「電話と似たようなものですね。魔力を注ぐことで使用出来る仕組みとなっているそうです」
「もしかして、ヴィルが自分で作った魔具なのか?」
確信を得ているようなブレアの問いかけにミレットは、「うっ」と呻いてから首を縦に振った。
「……そうです。この魔具ならば、どんな状況に居ても、呼びかければ通信が出来ると言っていました。魔力によって発信される波動が他の伝達魔具や通信魔具とは違う構造になっているそうです。あいつが独自で開発したもので、出来れば試作品として通用するか試して欲しいと、無理矢理に渡されまして……」
苦虫を食べたような顔をしながら、ミレットは言い訳のようなものをつらつらと述べていく。
恐らく、ヴィルが試作品と言って渡したのは方便だろう。
彼は唯一のものとしてミレットに渡せば嫌がると分かっているので、魔具の試作品として試して欲しいと気さくに言ってから受け取らせたに違いない。
「ちなみにこの魔具を試してみたことはあるのか?」
クロイドの問いかけにミレットはすっと表情を無にする。
「ないわ」
即答である。いや、ミレットらしいと言えば彼女らしいが。
それにミレットならば、特に用事もないのに魔具を使ってヴィルに呼びかけることはしないだろう。……ヴィルの方はいつミレットから連絡が来るかと待っているかもしれないが。
そのことを少しだけ不憫に思いつつも、今は忘れておくことにした。




