妙な矜持
情報課は朝からごった返していた。何故ならば、教団内に設置してある緊急用の水晶へと一斉に通信出来る水晶が置かれている場所が情報課だけだからである。
そして、その場には予測通り、総帥のイリシオスが居た。
「先生……」
ブレアはソファの上に座って、教団の内部が描かれた構図と睨めっこしているイリシオスの姿を目に映すと、どこか安堵するような深い息を吐いていた。
「む? おお、ブレアではないか。それにクロイドも。情報課に来たということは、わしに何か用か?」
不老不死の魔女、イリシオスの存在がそこにあるというだけで情報課内は騒がしい。
何せ、ここに配属されているのは知的探求心が深い団員ばかりだ。こんな状況でなければ、イリシオスに聞きたいことが山ほどあるのだろう。
そのこともあり、情報課の団員達は己の仕事を進めながらも、ぎらぎらとした瞳でイリシオスを見ていた。
だが、イリシオスのすぐ後ろに侍女姿の女性が立っているため、彼女の無表情が盾となっているのか、興味本位でイリシオスに近付いてくる者はいないようだ。
初めて見る顔の女性だが、ブレアは知り合いのようで、侍女姿の女性がブレアとクロイドを一瞥すると頭を少しだけ垂れていた。
クロイドも名前を知らない彼女に一度、頭を下げておくことにした。
「いえ、情報課のミレット・ケミロンに用があるんです」
「おお、ミレットか。それならば、そっちにおるぞ。教団内に存在していると言われている『秘密の通路』を彼女の魔具を使って探してくれておるようじゃ」
情報課では様々な情報の他に、団員達も多く行き交っている。今は人垣でよく見えないが、この人垣の向こう側にミレットはいるのだろう。
ブレアは周囲に聞き耳を立てている者がいないことを確認してから、
「……先生、実はその『秘密の通路』について、新たに分かったことがあります」
すると、イリシオスは一瞬だけ表情を動かしそうになっていたが、そこをぐっと耐えてから平静を装ったままブレアの話に耳を傾け始める。
「ヴィルヘルド・ラクーザのこと、ご存知ですよね。数年前、彼が入団した当初の話なんですが、魔具を保管している地下室でとある扉を見つけたそうです」
ブレアがイリシオスに話をしている間にも、情報課には人が行ったり来たりと忙しそうにしている。
だが、課長であるブレアと総帥のイリシオスが話していることを特に不審に思うような人間はいないようで、一瞥しては自分の仕事に集中しているようだ。
「地下の奥に木製の扉を発見し、試しに中へと入ってみたところ、すぐさま辿り着いたのはロディアート時計台だったそうです。ですが、その後ヴィルがもう一度、扉があった場所へと行ったようですが、通路どころか木製の扉さえ見当たらなかったとのことです」
「……ふむ」
「ヴィル曰く、その扉は『移動している』と以前言っていたそうです。もしかすると、ヴィルが見つけた扉こそが秘密の通路の正体ではと思っています」
「なるほどな。だが、この教団を創って数百年程経つが、移動する通路なんぞ初めて聞いたぞ」
イリシオスは細い腕を組みつつ、小さく唸っている。
「エイレーンが施した魔法の名残なのか、それともこの教団の建物を造った建築家が残したものなのか……。まぁ、そんなことを考えるのは後回しじゃ。もし、出来るならばその通路が移動しないように魔法で固定させて、他の団員達にも使えるようにしたいのぅ……。見つけるのは骨が折れるかもしれぬが」
「ええ。……先生も本当ならば、団員全ての力を使って、結界を無理矢理に破壊するようなこと、やりたくはないのでしょう?」
ブレアは溜息を吐きながら訊ねるとイリシオスはどこか困ったような笑みを浮かべ返した。
「仕方がないのじゃ。……解除をするには時間が掛かり過ぎる。それに結界を作った張本人であるハロルド・カデナ・エルベートは結界の外におるし、連携は取れない状況となっておる……。今は少しでも早く、夜に備えて動けるようにしておかなければならぬ。何せ、我らの手の中には教団、国民、国の命運がかかっておるからのぅ」
「……」
「しかし、王宮の人間に魔物が攻めてくると説明しても、信じぬじゃろう。特に王宮魔法使い達は頭が固過ぎる。こちらが手を貸そうとしても、断られるかもしれぬな」
参ったと言わんばかりにイリシオスは深い息を吐く。確かに王宮魔法使い達は自分達の立場に誇りを持っているため、教団側が手を貸そうとしても首を簡単に縦に振ることは無いだろう。
「ですが、彼らの力だけで王宮を守れるとは思いません」
ブレアが苦言を口にするとイリシオスはその通りだと答えるように首を縦に振った。
「王宮魔法使いは防御と治癒に関しては長けておるが、攻めることは弱い。こちらが忠告しても、彼らの力だけで王宮内に侵入した魔物を討伐することは難しいじゃろう。せめて、教団の精鋭を十数人程、送ることが出来れば良いのじゃが……」
イリシオスとブレアはお互いに溜息を吐き合っている。王宮側が教団側の魔法使いを受け入れないと分かっているからだろう。
王宮魔法使いは妙な矜持を持っているため、教団の人間と差別化することを強く意識している。こちらが例え、王宮の手助けをすると言っても聞かないに違いない。




