思い出したこと
水晶から聞こえる声が止んだことで、その場は静寂が満ちていた。
だが、その静けさを破るように、ミカがはっとした声を発して、突如として顔を上げたのである。
まるで打開策を見つけたと言わんばかりの表情のようにも見えて、クロイドは彼の言葉が続けられるのを待った。
「……あっ! そういえば、ずっと前にヴィルが秘密の通路かどうかは分からないけれど、通路に関することを言っていたような気がする」
「何?」
ミカの発言にいち早く反応したのはブレアだった。
ヴィルとは教団の団員御用達の店である「水宮堂」の店主のことだ。クロイドもよく世話になっており、彼が元団員で魔具調査課に所属していたことも知っている。
「ヴィルが入団したばかりの時期に、教団のあらゆる場所を探検したと言っていたんだけれど、その際に普段は使われていないような通路を見つけたと言っていたよ。確か……ロディアート時計台の地下に通じていたって言っていたかな」
「あー……。確かヴィルが教団内で迷子になったと言っていたやつか」
「そうそう。多分、あの時にヴィルが見つけたのが『通路』なんじゃない?」
ヴィルの同期として教団に入ってきたナシルも当時のことを思い出したようで、どこか懐かしむように頷いている。
数年前の話ならば、まだブレアは魔具調査課の課長ではなく、魔物討伐課に所属していたので、ミカ達が共有している当時のことを知らないだろう。
ブレアは強い関心を持った瞳でミカ達に視線を向けていた。
「でも、ヴィルが試しに次の機会にその通路を探した時には見つからなかったらしいよ。ヴィル曰く、その秘密の通路は──動いていると言っていたかな」
「動いている? どういうことですか?」
ミカの言葉にクロイドは首を傾げる。
「うん。その言葉の通り、通路は『動いている』んだって。だから、一度見つけたとしても、固定された通路ではないから、簡単には見つからなかったんじゃないかな。……多分、その通路は魔法か何かで出来ているんだろうなぁ」
のんびりとミカはそんなことを言っているが、もしその話が本当ならば試してみる価値はあるだろう。
「……ちなみにヴィルが見つけた際に、その通路はどこにあったと言っていた?」
どこか恐る恐ると言った様子でブレアが訊ねるとミカとナシルは一度、顔を見合わせてから答えた。
「確か、魔具が保管されている地下室の一番奥の壁だと言っていたような……」
「明らかに地下室にはそぐわない古い木製の扉が壁に埋め込むようにあったから、試しに開いたら通路があったと言っていたな。……まぁ、私達もヴィルが言っている通路が本当にあるか、実際に地下室を確かめてみたけれど、それらしい扉なんてなかったよなぁ」
クロイドも魔具が保管されている地下室に行ったことはあるが、扉は全て鉄製で壁に埋め込むように存在している木製の扉など見たことはなかった。
ナシル達の言葉に気になる点があったのか、ブレアは暫く考え込むような表情をしてから、ぱっと顔を上げる。
「もしかすると、誰も知らない秘密の通路はその扉のことかもしれないな」
「え?」
「イリシオス総帥も言っていた通り、この教団には数百年の歴史がある。それ故に、何が起きても大丈夫なように、密かに外部と通じることが出来る通路がいくつも存在していたらしい。それこそ街中だけでなく、ロディアート郊外、そして王宮などに通じている秘密の通路が造られたと聞いている。だが、その通路を知っているのは、今は総帥を含めて一部の人間しか知らない。……しかも、それ以外にも総帥でさえ把握出来ていない通路があるんだ。いや、知らないというよりも認識していない、と言った方がいいかもしれない。何せ、そういう噂があるだけで、私も存在していることを知らないからな」
「それじゃあ、ヴィルが見つけた通路は……」
「ああ。誰にも知られていない秘密の通路である可能性が高い」
断言するようなブレアの言葉に、ざわりと心の奥が騒いだ気がした。もし、この通路を実際に見つけることが出来たならば、わざわざ教団の結界を破壊する必要性はなくなるだろう。
「けれど、動いている通路を運良く見つけることなんて出来ないよ。それこそ、ヴィルが偶然見つけたのは奇跡に近い状態だったのかもしれないし」
「ああ……。ヴィルの奴、妙なところで運が良いからな……。まぁ、本人に直接、詳しい話を聞くことが出来れば、秘密の通路に関する情報が得られるかもしれないけれど……」
「当時の俺達ってば、ヴィルの話を『ふーん』の一言で片付けていたもんねぇ」
「だなぁ。しかも、三人でそれぞれ魔具を作っている最中に、世間話のついでみたいな感じで話していただけだったし」
「あの時はそれほど重要性を感じなかったから、課長だったキロルさんにも報告しなかったしねぇ」
「その後はこの話をしたことさえ、すっかり忘れていたもんなぁ」
三人とも、通路については特に深くは考えていなかったようで、今この時までその話をしたことさえ忘れていたらしい。
あまりの気の抜け具合に、視界の端のブレアが右手で頭を抱えた姿が見えた。




