奮い立たせる声
『……遥か昔、魔女狩りが行われていた時代にこの教団は創られた。魔力を持った者達が魔力を持っていない者達と共に幸せに生きられる世界を創りたい。誰もが笑っていられる世界を創りたい。そんな願いと共に、この教団と──イグノラント王国は創られた。その始まりは小さな願いじゃ。しかし、小さな願いが集まり、そしてゆっくりと形を成していった』
響く声はこの数百年間、全てを見て来た者による生きた物語だった。
『大切な人を守りたい、大切な場所を守りたい。たったそれだけの願いは、意思を持ち、繋ぎ、そして今現在まで伝えられてきた。わしが──創始者である友人達と共に、願ったのは嘆きがない世界を創ることじゃ。夜が明けるように、誰かの嘆きが終わるように──。その願いが集まり、一つの希望として生まれたのが「嘆きの夜明け団」じゃ。そして、創始者である彼らの意思をこの教団に所属している者達は誰しもが受け継いでおる』
奮い立たせるための演説とも言えるイリシオスの声は静かに、身体の内側へと染み込んでいく気がした。
イリシオスは今まで、どれほどの嘆きを見てきたのだろうか。考えても、彼女が過ごしてきた時間や抱き続けた感情の全てを理解することは出来なかった。
『夜明けを求める心を持った者達よ。どうか、今一度わしに力を貸して欲しい。教団を、国民を、この国を守りきるために。そなた達の力が必要なのじゃ』
水晶からはイリシオスの声だけしか聞こえない。
だが、きっと水晶の向こう側ではイリシオスが全ての団員達に向けて、頭を下げているのだろうと察することが出来た。
……イリシオス総帥は全てを守ると決めたのか。
その決断を自分は心から尊敬する。彼女がどれ程、葛藤したのか想像は出来ないが、それでも下した決断は生半可な気持ちで選んだものではないだろう。
クロイドと同様に、その場に居る魔具調査課の団員達は誰しもが真剣な表情で水晶に耳を傾けていた。
『ここからはわしが指揮を執る。もし、わしが指揮を執ることに異論がなければ、次の指示に従って欲しい。……まず今夜十二時に悪魔がわしのもとへと交渉にやってくるが、わしは……奴の交渉を断るつもりだ。その瞬間、悪魔は恐らく、教団と市街、そして王宮に魔物を放ってくるだろう。多くの団員達にはその魔物の対処をして欲しいのじゃ』
イリシオスが直接、指揮を執ることを本当は心苦しく思っているのか、水晶を見つめるブレアの表情が一瞬だけ曇ったように見えた。
『だが、現状では教団を囲っている結界に悪魔が何かしらの細工を施したことで、我々は外へと出られない身となっておる。そのため、第一に優先するべきこととして、教団の結界の外へと通じるために──この結界を全団員の魔力を使って破壊したいと思う。解除する方法もあるが、解除には時間が掛かり過ぎるため、やむを得ず破壊するしかないじゃろう。……本来ならば、教団創設時に造られた外へと通じる通路が何本かあるが、わしが知っている通路は全て結界の影響によって通れないようになっていた。だが、もし他にも秘密の通路を知っている者が居れば遠慮なく教えて欲しい。出来るならば、結界は破壊したくはないが、現状ではこれが最善じゃ』
イリシオスの言葉にナシルはぺしっと自分の額を叩く。
「あー……。そうだった。今は教団の外へと出られない状態だったな」
「教団を覆っている結界を破壊するのは骨が折れそうだよねぇ。……今後のためにも出来るだけ、魔力は温存しておきたいし」
「そもそも、昼間に結界を破壊すれば轟音と振動によって周辺住民から非難が殺到するぞ……」
「でも、教団の外と通じている秘密の通路なんて、知らないからなぁ」
ナシルとミカはお互いに小さく唸り合っているが、やはり秘密の通路に関しては何も知らないようだ。
『結界を破壊する時間はこれより一時間後じゃ。攻撃魔法が扱える団員達全員で、一気に結界を破壊するので、教団を囲っている塀の前へと集まって欲しい。……結界はかなり強固であるため、簡単には破壊出来ないじゃろう。だが、どうか全力を以て取り掛かって欲しい。……わしからの通達は以上じゃ。結界が破壊され次第、今後の指示を追々出していくので、どうか自分の身の安全を考えながら行動してくれ』
イリシオスは自分に批判が向かって来ることを承知している上で、この通達を行っているのだろう。
教団を覆っている結界は想像以上にかなり強固だ。ブレアが言っていた通り、もしかすると団員の魔力の方が先に枯渇してしまうかもしれない。
だが、教団の外に出るためには、絶対的に必要なことだ。それ故に、イリシオスは外部と行き来が出来る方法を得ることを最優先で選んだ。
イリシオスの通達は今の言葉で終わりだったようで、それまで赤く染まっていた水晶の光はやがて失われていき、通常の色へと戻っていく。
イリシオスの言葉に反論する者は魔具調査課にはいない。だが、結界を破壊する以上に最良の方法を持っている者もいなかった。




