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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
愚者の旅立ち編
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決断者

 

 再び眠る気にもなれず、クロイドはブレアとともに教団内部の構図が描かれた紙を眺めながら、どの建物が破壊され、どの場所にどれ程の人員が割かれているのかを確かめ合っていた。


 教団を囲うように張ってある結界から外に行き来することが出来ない以上、どうにか結界の外にいる団員と連携しなければならないため、その活路となる部分を探していたが、さすがのブレアも秘密の通路の存在などは知らないらしい。


 構図を見ながら、秘密の通路と思える場所を探していたが、ブレアが知っている限りでは、そのような通路の入り口さえ見かけたことはないという。


 時計に視線を向ければ、もう朝と呼べる時間になっていた。まだ、朝日は見えないが窓の外の空は少しずつ白んでいるようだ。


 朝が来ても、この場の空気は重いままで変わることはない。

 淡々とした様子でブレアと話し合っていると、魔具調査課の壁に飾ってある水晶が突如として赤く光り出したのである。


『──全団員に告ぐ』


 水晶から大きな声が突如として響いたため、ソファの上で眠っていたナシル達は驚いた様子で起き上った。


「な、何だっ?」


 だが、彼らがクロイドの存在を目に留める前に、水晶からは次の言葉が発せられる。


『この声が聴こえる場所に集合次第、防音結界を張って待機せよ。もう一度、繰り返す。この声が──』


 声の主は情報課の誰かだろう。

 指示された通りにブレアは周囲に他の魔力の気配がないかを確認してから、すぐに防音結界を張った。恐らく、団員ではない人間に聞かせないようにするためだ。


 ハオスの気配は現段階では全く感じられないが、念には念を入れて、話を聞かれないように防音しておくのだろう。


 それから暫く時間が経ち、再び水晶から声が聞こえ始める。

 だが、それは先程の情報課の団員の声ではなく、幼い少女の声色だった。


『聴こえているか、団員達よ』


 幼い声にも関わらず、凜としているように聞こえるのは、生きて来た年月が違うからだろうとすぐに察した。


「もしかして、イリシオス総帥……?」


 早々と声の主に気付いたナシルがぼそりと呟く。イリシオスが自ら、団員達の前に姿を現し、声を聞かせることは稀だという。


 以前、セド・ウィリアムズ達の件があったが、その際に初めてイリシオスの姿を目にした団員は多くいた。

 普段から姿を隠して生きている人物であるため、実在しているのかも認識されにくいのだろう。


『わしは嘆きの夜明け団の総帥を務めておるウィータ・ナル・アウロア・イリシオスじゃ。恐らく、このように水晶を通じて声を発信するのは教団が創設されて初めてじゃろう』


 イリシオスの声は落ち着いており、聞いている方も安心して耳を傾けることが出来る声色に思えた。


『まず、わしはそなた達に謝らねばならぬ。……周知されているかもしれぬが、わしは不老不死だ。だが、致命傷を受ければ死ぬ身であり、魔力を持ってはいない魔女でもある』


 不老不死であることは知られていても、魔力を持っていないことを知っている団員は少ないのかもしれない。先輩であるナシルやミカからはどこか戸惑うような声が零されていた。


『それ故にそなた達が必死に戦っている間、わしは結界によって守られた塔から静観するという愚かなことをしておった。そのことをどうか謝らせて欲しい』


「……」


 水晶越しから聞こえる声に向けて、クロイドのすぐ傍に居たブレアは気難しそうなことを考えている表情をしていた。

 本当ならば、自分の師であるイリシオスを塔の外には出したくはないと思っていたのかもしれない。


 それでも、情報課の水晶が使われているということは、イリシオスが塔の外へと出たことを意味していた。


 恐らく、塔に居たままではハオスの魔法によって妨害されているため、通信状況が良くないのだろう。

 塔からイリシオスが下りて来たということは、彼女は何かを覚悟したのだろうと察せられた。


『すでに報告を受けていると思うが、悪魔「混沌を望む者(ハオスペランサ)」の魔法により、団員達は仮死状態となっている。それは恐らく、古代魔法によるものじゃ。この古代魔法は魂を身体から引きはがすもので、団員達は完全に死亡しているわけではない。だが……』


 そこでイリシオスは一度だけ、言い淀んだ。


『悪魔が取った人質は団員達の魂だけではない。奴はこのウィータ・ナル・アウロア・イリシオスの血を欲するあまり、ロディアート市街に住む一般市民と王宮の人間の安全を盾にしている。悪魔との交渉が決裂した場合、奴は大量の魔物を教団、市街、王宮に放つと脅してきた』


「なっ……。昨日の魔物の大群だけでも手一杯なのに、市街と王宮にも……!?」


 ミカが口を大きく開けたまま、目を見開く。とてもではないが、三つの場所を一度に守ることなど、無謀に近い。


 何せ、教団に所属している団員は地方に派遣されている団員も含めて、数千人程で構成されており、そのうちの二割が魔力は持っているが非戦闘団員だ。

 結界を張ったり、防御することは出来るかもしれないが、魔物との戦闘は不向きである。


『本当ならば、この身を悪魔に捧げて、全てを守ることが最善だと思う。しかし、わしに流れる血の中には、表には出してはいけないものがあまりにも多く刻まれておる。それ故に、この血を悪魔に与えてしまえば、現状よりも更なる悲劇が起きるのではとそれを危惧しておるのじゃ』


 確かにイリシオスの言う通りだろう。古代魔法が刻まれた血を悪魔やブリティオンのローレンス家に手渡してしまえば、彼らは想像も出来ないようなことを起こしてしまうかもしれない。

 だからこそ、イリシオスも安易な気持ちで決断することは出来ないのだ。


『……だからこそ、わしはそなた達の力を借りたい。それはわし自身を守るためなどではない。そなた達が守りたいものを守るために、どうかその力を今一度、貸して欲しいのじゃ』


 乞うように、縋るように、イリシオスは訴えかけてくる。


 教団に所属している者達を統べる存在である「総帥」とは何だろうと思ったことはある。それはきっと、導くだけが役目ではないのだと今、覚った。


 総帥とは、決断者だ。


 たとえ、周囲から批判されても、全てにおいて最善と呼べる選択を絶対的に決断しなければならない。そこには計り知れない責任が圧し掛かってくるのだろう。


 間違うことは許されない。

 自ら選択し、言葉にしたならば、それを現実にしなければならない。


 誰よりも高い場所に居るからこそ、総帥は間違った選択を選んではならないのだ。彼女の覚悟はその小さな身に収まり切れない程に大き過ぎる。


 小さな背中に圧し掛かっている重圧がどのようなものなのか、クロイドには分からない。


 だが、イリシオスは全てを覚ったような声色で淡々とした様子のまま話を続けた。それが当たり前だと言わんばかりに。

 

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