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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
裏の教団編
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選ばれし者

   

 アイリスの思い詰めた表情が、浮かんできた。

 そして、暗闇の中へと少しずつ消えていく。


「――っ!」


 意識が戻ってきたクロイドは思いっきりに身体を起こして、それが現実か夢なのかを確認する。


「どこだ、ここ……」


 周りは白で統一された部屋だった。白のカーテンに白のベッド。


 いや、これは現実だ。

 恐らく――。


「目を覚ましたの?」


 優しそうな声が失礼しますと告げて、カーテンを開けて入って来る。そこにはシスター服のクラリスがいた。

 つまり、ここは医務室ということか。


「良かったわ、目が覚めたのね。ちょっと待ってて、ブレア課長を呼んでくるから……」


「アイリスは!?」


 自分で思っていたよりも大きな声が出たが、そんなことを気にする余裕などなかった。心臓はずっと早まったままで、ただ一つの事実が知りたいと叫び続けているからだ。

 クロイドの大声に少し驚いたのか、クラリスは目を丸くしていたが、すぐに真顔になって、小さく首を振る。


「そのことについても、ブレア課長から話があるらしいの」


 すぐ戻るから、と言ってクラリスは再びカーテンを閉める。


 クロイドは右手を顔に当てて、深く息を吐く。何があったのか、少しずつ思い出してきた。


 自分達は確か、魔具調査課の部屋でミレットの報告を聞いていた。その時、香水のような匂いに気が付いたが遅れをとってしまい、室内に投げ込まれた薬らしきもので眠らされたのだ。


 ミレットは一番最初に倒れていた。だが、自分が倒れこむ前までアイリスに意識があったことは覚えている。


「くそっ……!」


 まさか、魔具調査課にいる時にやられるとは思ってもいなかった。普段から、アイリスに何者かによる視線が向けられている気配は感じていた。


 だから昨日の休みだって、教団内にいるよりも外に連れ出して二人でいた方が安全だと思っていた。一人でいるところを狙われるかもしれないと思っていたからだ。


 一体、アイリスの身に何が起きようとしているのか。目を閉じる前に見えたあの表情が頭の中から消えてはくれない。


 ふと軽やかな足音が聞こえ、カーテンが勢いよく開けられる。


「クロイド、無事かっ!?」


 少し息を切らしたブレアがカーテンを大きく揺らしながら、クロイドが寝かされていた個室へと入ってくる。

 ブレアの表情はいつもよりも、切羽詰まっているように見えて、自分が眠らされている間に何かが起きていることを表していた。


「俺は平気です」


「そうか……」


 ブレアが安心したように深く長い溜息を吐く。

 余程、心配していたのだ。


「あの、アイリスは……。ミレットも一緒にいたはずですが」


 先程よりも落ち着いて訊ねることが出来たが、その口調に焦る気持ちが混じっていることをブレアはすでに気付いているだろう。

 ブレアは顔を顰め、そしてクロイドに向けて頭を下げた。


「すまない。私が課を空けていた隙にこんなことになるとは……」


 ブレアは手近にあった椅子に腰掛けて、言葉を続ける。


「ミレットは無事だ。まだ、起きてはいないが今は別室で寝ている。ただ、……アイリスは攫われた」


 その一言が頭の中を一気に冷やしていく。

 思わずベッドから、足を出して立ち上がろうとするクロイドをブレアは両肩を掴んで引き留めた。


「ブレアさん、離して下さい」


 刃物のように切れそうな声でクロイドは低く呟く。


 行かなければならない。

 自分がアイリスを守らなければ。


「落ち着け。……恐らく、お前の鼻でも辿り着けないように魔法で細工されているはずだ」


「じゃあ、どうすれば……!」


「まずその前にお前に、いやお前たちに謝らなければならないことがある」


 ブレアはクロイドの肩に力を入れる。

 その手が少しだけ震えていることに気付いたクロイドは大人しくベッドへと腰掛けることにした。


「本当は、いつかこうなるのではと予測は出来ていた」


「……それは、アイリスが連れ去られると?」


「ああ。……アイリスがこの教団を作ったエイレーン・ローレンスの子孫だということは知っているな?」


 こくりとクロイドは頷く。


「話せば歴史を感じるほど、長い時間の話になるんだが……。この教団が作られた当初の目的は魔力を持った者達を異端審問官や迫害から守り、保護する上で彼らの力を以って、この国に出没する魔物の討伐を生業とするためだった」


 まるで歴史の授業のように感じられる言葉の一つ一つをクロイドは聞き逃すことなく頭の中へと収めていく。


「だが、時代が流れるにつれてこの教団の在り方について意見する者達が現れた。彼らは自らを『選ばれし者(シェルティスト)』と呼び、魔力を持った事に誇りを持ち、また『魔力無し(ウィザウト)』を卑下して、その血統に混ざることを嫌った」


「それは……この国に住んでいる一般市民を下に見ていたということですか?」


「そうだ。彼らには、魔力に対する選民思想があったんだ」


 つまり、魔力を持っていることに対して自分達は選ばれた存在だ、という考え方を持っていたという事だろうか。


「これは少数の考えだったというわけではない。……現在、教団に所属している団員のほとんどが、一般の魔力を持たない人間との子孫が多く、血統に対してそれほど重要視しているわけではないが」


「この教団に入るのは魔力の有無が重要ですからね」


「だが、アイリスは違った」


 ブレアの声色が変わったことに気付き、表情を見るがただ何かを悔やんでいるように歪められていた。


「あの子は家族を食い殺した魔犬(まけん)に仇を討つために教団へと入った。確かに私が推薦したことで、色々あって入団出来たが……」


「それじゃあ、今回はその『選ばれし者(シェルティスト)』たちが、アイリスが『魔力無し(ウィザウト)』だからという理由でこんな事を起こしたと?」


「それは違う。むしろ逆の可能性が高い」


「どういうことですか? 魔力が無いアイリスに対して何を……」


 そこで何かが引っかかることにクロイドは気付いた。


「……『選ばれし者(シェルティスト)』の奴らは、昔からこの教団の在り方を変えようとしていた。魔力を持ち、『魔力無し(ウィザウト)』の血が全く入っていない純血統の人間だけでこの教団を成り立たせたいと思っていた」


「でも、それじゃあ、教団は成り立つほど人間がいなくなるのでは?」


 クロイドの言葉にブレアは頷く。


「だから、立場を変えようとしていたんだ。国のため、市民のために陰ながら動く教団と、平安の中で生きる人々との立場を」


「それって……。魔女や魔法使いを表立たせて、一般市民を下に置くという風に聞こえるのですが」


「その通りだ。だが、その意見に賛成する者はほとんどいなかった。国外にこの組織の存在を知られるわけにはいかない。もし、知られたら戦争に駆り出されかねないからな。そして、再び魔女狩りのようなことが起きる可能性だってあるんだ」


「……ですが、その話とアイリス、『選ばれし者(シェルティスト)』の奴らとどんな関係があるんですか」


 ふと、カーテンの向こう側が少しだけ騒がしくなる。

 ミレットが起きたのだろうか。


「……いま、この教団を取りまとめている『総帥』が誰か知っているか?」


「え? 会ったことがないので、あまりよく知りませんが……。確か不老不死だって噂されている人としか聞いたことがないですね。何でも、この教団とイグノラント王国が成立したよりも前から生きているって……」


「それは本当の話なんだ」


「っ?」


 どうせ噂話だろうと思っていたが、ブレアの真剣な表情を見る限り、本当の話らしい。彼女がこういう真剣な話をしている時に冗談を言わない性格なのは知っている。


 だが、まさか現代を生きる不老不死の人間が実在しているとは思わなかった。

 むしろ、それよりも不老不死の魔法が本当に存在していたことに驚きを隠せないクロイドは口を開けたままで目を丸くする。


「総帥である彼女の名はイリシオス。教団を作った五人の一人だ。だが、彼女には……アイリス同様、魔力が無いんだ。それは、『魔力無し(ウィザウト)』というわけではなく、魔力を失っているという言い方の方が正しいが。……『選ばれし者(シェルティスト)』の奴らは彼女が教団を統率するのは不釣り合いだと主張し、退陣を求めている」


「そして、純血統の人間をそこに置くつもりでも?」


 半ば、投げやりのように意見するクロイドにブレアは頷いた。その表情はさらに固くなっている。


 その反応にクロイドは何か別のものが混じっているように感じた。言いにくいのか、彼女はその言葉の先を話さない。


「……アイリスは……」


 ブレアにしては珍しいほど、か細い声だった。


「あの子に魔力は無いが、エイレーンの子孫だ。彼女の家系の中で魔力を持たずに生まれた子どもは彼女以外にいなかった。そして……『選ばれし者(シェルティスト)』達は、エイレーンのように大きな力を持った者が総帥に付くべきだと主張している」


 ブレアが何を言いたいのか分かりそうで分からない。


 アイリスに魔力は無い。

 それなら、選ばれし者(シェルティスト)達にとっては忌むような存在といえるのではないか。


「これは推測でしかないが、彼らは恐らく……アイリスを総帥として立てようとしているのではないかと思う」


「なっ……」


 想像もしていなかった言葉にクロイドは絶句する。


 それでも、ありえないと言いきれなかった。

 それほど、ブレアの言葉は真剣なものだったからだ。

  

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