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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
愚者の旅立ち編
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人質

 

「厄介な取引材料を持ちかけて来たのぅ……」


 顔を顰めつつ、イリシオスは小さく唸る。だが、ノーチェの話はこれで終わりではなかったようで、表情を引き締めながら更に話を続けた。


「……人質は団員達だけではありません」


「なに?」


「悪魔は取引が決裂した場合、教団だけでなく、イグノラントの市街と王宮内に大量の魔物を放つと言っていたそうです。……無関係の市民と王宮の人間さえも人質に取るつもりのようです」


「っ……。随分とわしにとって、痛い部分を突いてくるではないか」


「……」


 イリシオスが百年程前まで、王宮にも仕える魔法使いだったことをノーチェは知っている。

 それだけでなく、教団が始まった当初からイリシオスが王家と密な関係を築いていたことは上層部の人間ならば誰でも知っていることだ。


 初代国王であるグロアリュスはイリシオスにとっては教え子であり、孫でもあり、そして友人のような存在だった。


 彼と、そして共に築き上げてきた友人達の子孫を自分は守らなければならないと自らに課して、すでに数百年が経っている。

 関係や立場が変わっても、それでも見守り続けることを自分の役目としていた。


 ……教団の総帥としての存在だけでなく、「イリシオス」という人間としての性質も見抜かれているような気分じゃな。


 自分が持っている弱みとなる部分を的確に突いてくる辺り、人間性を調べてきているのだろう。


 かつての友人達が守って来た教団、一般市民、そして王家──。

 それらを自分が静かに見守っていることをブリティオンのローレンス家には知られていたらしい。


 ……結界が張ってあった教団にさえ、易々と入り込んできた悪魔が王宮の結界を破れぬわけがない。


 王宮に張ってある結界は王宮魔法使い達が施しているものだが、その質は教団を囲っていた結界と比べれば幾分か弱いものとなっている。

 大きな衝撃がくれば、容易く破れてしまうだろう。


 そして、王宮魔法使いは防御や治療などに長けた魔法使いだ。恐らく、実際に魔物を討伐したことがある魔法使いは少ないに違いない。

 魔物を適切に対処出来る者が少なければ、魔力を持っていない者達にも被害が及ぶだろう。


 ……市街に大量の魔物を放たれるとなると、とてもではないが魔物討伐課の団員だけでは対処出来ないじゃろう。


 そもそも、今の自分達は教団を覆っている結界の外へと出られないようになっている上に、外部との伝達手段は途絶えていると聞いている。


 結界に細工が施される前に外へと出ていた団員達が多少はいるようだが、彼らだけでは見回りも討伐も手に負えないだろう。


 ……そうなると、結界の外へと出る方法を……。いや、その前に人質となった団員を解放する術を……。


 イリシオスは頭の中でぐるぐると考えを巡らせていくが、どれを優先させるべきかを悩んでいた。


 本来ならば、どれも優先順位が高いものばかりだ。

 団員の命も、市民も王家も、誰しもが守るべき対象であって、優先順位を付けるものではない。


 ……やはり、わしが交渉を……。


 だが、この身体に刻まれている古代魔法と古代魔法に関する書物を悪魔に渡せば、更なる悪夢が待っている気がしてならなかった。


 古代魔法には(ことわり)を覆す魔法が多数存在している。そんなものが悪魔──いや、ブリティオンのローレンス家に渡ってしまえば、収拾がつかない事態が起こるだろうと予測できた。

 だからこそ、イリシオスはどんなことがあろうとも、塔の外へと出ることはなかった。


 エイレーン達が生きていた時代だったならば、イリシオスは自由に歩いていたが、隠していた「不老不死」という情報が魔法使い達の間で認知されるようになると、この身を狙う者が増えたため、自由に出歩けなくなったのである。


 それ故に、塔の外で何が起きてもイリシオスは出歩かなくなるようになった。


 魔物による被害で多くの団員達が死んでも、彼らが埋められた墓へと参ることも出来ないし、かつての友の子孫が新しく生まれても、その顔を見に行くことも出来ない。


 傍目からは不自由な身だと思われているかもしれないが、イリシオスは自ら塔に入ることを選んだ。

 それは己ではなく、周囲の大事な者達を守るために。


 それでも、本当ならば最前列に立って団員達を導かなければならないはずの「総帥」が、他の者達の陰に潜むことを心苦しく思っていた。


 ……気を付けなければ、国家間の問題にもなりかねん。果たして、どの手を打つのが最良か……。


 何を守るべきか。

 何を手放すべきか。


 守るものが多すぎたイリシオスには究極とも呼べる選択だった。

 

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