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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
愚者の旅立ち編
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タリズマン

 

 こんこん、と扉を軽やかに叩く音が室内に響き、イリシオスは相手に緊張を覚られないように訊ね返した。


「誰だ」


「ノーチェ・タリズマンです」


 若く可憐な声が聞こえたため、イリシオスは小さく息を吐きながら入室の許可を促した。室内に入って来たのは、侍女のような服装を纏っている十代後半の小柄な女性だ。


 金色の髪を編み込むようにまとめ上げ、頭には白いフリルの付いたカチューシャをはめており、黒地の服に白いエプロンを身に着けている。


 ノーチェ・タリズマン。

 彼女はイリシオス専属の世話係のような存在だ。


 タリズマンという名には「お守り」という意味が込められている。この一族は代々、イリシオスを守護する一族として決して表舞台には立たず、陰ながら支えてくれる存在だった。


 それはかつて、タリズマン家の最初の当主をイリシオスやエイレーン・ローレンス達が救ったことで、自分達に恩を感じた当主が仕えるようになったことがきっかけである。


 エイレーン達が居た頃には彼女達にも付き従っていたがエイレーン達が亡くなると、タリズマン一族はイリシオスの世話係として務めるようになった。


 タリズマン一族はイリシオスの世話係を務めることに最上の喜びを感じているようで、いくら自由にして構わないと言っても聞かないのだ。

 そんなわけで、ここ数年の自分の世話係は一族の当主の娘であるノーチェが務めてくれている。


「イリシオス様にご報告致します」


「……申してみよ」


 何となく嫌な予感はしているため、予想は付いていた。何故なら、普段は涼しげな表情を浮かべているノーチェの額に薄く汗が浮かんでいるからだ。


 彼女は世話係でもあるが、イリシオスが欲する情報を集める役も担ってくれている。そのため、彼女がここへ来た理由をイリシオスは察していた。


「塔の入り口となる結界が悪魔『混沌を望む者(ハオスペランサ)』によって、破壊されました。また、一階部分の広間にて、悪魔は団員達と激しく交戦したと報告を受けています」


「……やはり、破られておったか」


 決して容易くはない結界をハオスは短時間で突破したのだという。イリシオスはノーチェに覚られないように袖の中で掌を握りしめた。


「それと、もう一つ」


 普段は表情が変わらないはずのノーチェが、どこか気まずそうな表情を浮かべてから、静かに言葉を紡いだ。


「悪魔が繰り出した謎の魔法によって、多数の団員達が意識不明、呼吸停止の仮死状態となっております」


「なっ……」


 イリシオスは目を大きく見開き、動けなくなっていた。


「……どういう、ことじゃ」


「謎の魔法に関しては、自ら退避して魔法から何とか逃れていた団員達に聴取を行ったところ、聞いたこともないような呪文を悪魔が呟いていたとのことです。何でも、その魔法は人間の身体から魂を引きはがして、別空間に一時的に魂を保管する魔法だと悪魔が自ら説明していました」


 ノーチェは淡々と報告しているが、それでも彼女の瞳の奥には戸惑いの色が浮かんでいた。無表情とは言え、決して彼女は無感情な人間ではない。

 これでも団員として、教団に身を置いているため、仲間である他の団員の安否を彼女なりに心配しているのだろう。


「……魂を引きはがす、魔法……」


 イリシオスは口元に手を当てつつ、小さく唸る。千年分、培ってきた知識の中からとある項目を探り当て、はっと顔を上げた。


「まさか、古代魔法か……!」


 古代魔法はもはや負の遺産とも言える。

 この世界においての(ことわり)を捻じ曲げかねない古代魔法の数々をイリシオスは知っており、そしてそれらを全て闇の中へと葬ってきたはずだ。


 自分以外にも古代魔法を知っている上に扱える者がいるとは思っていなかったため、イリシオスの表情は次第に青くなっていく。


 古代魔法を現代に持って来てはならない。禁忌となる魔法の数々を表に出せば、この世は混沌によって満ちてしまうだろう。

 それこそ、魔女狩りが行われていた時代のようになってしまうかもしれない。

 だからこそイリシオスは古代魔法を危険視していた。


 ……団員達にかけられたこの手の魔法の解き方は確か……。


 イリシオスがかつて遥か昔に学んだ古代魔法について思い出そうとしていると、ノーチェは更に言いにくそうな表情を浮かべながら言葉を続けた。


「悪魔はイリシオス様の血を求めていると言っていたそうです。……また、古代魔法に関する書物も差し出せ、と」


「……なるほど、人質を取ったということか」


 団員の命と引き換えに、自分の血を差し出せということなのだろう。だが、まさか秘匿し続けてきたはずの古代魔法に関する書物の存在を知っているとは思っていなかった。


 あの書物の存在は一部の人間にしか伝えていない。そのため、情報が漏れることはないと思っていたが、向こうの情報収集力が一枚上手だったのだろう。


 ……それならば、いっそのこと焼却でもしておくべきだったか。


 イリシオスが秘匿している書物は、以前の彼女が知りたいと思っていた魔法について記載されているものだ。

 それは不老不死となった身の人間から、不老不死を奪う方法だ。


 もちろん、その魔法を実際に発動させたことはないが、いつか自分が天寿を全うして死にたいと思った時に死ねるようにと準備だけはしておいた。──結局、初代国王のグロアリュスやエイレーン達と出会ってからは死にたいと思うことは全くなくなったが。


 それでも貴重な書物なので守るために、当時エイレーンにとある魔法を施して貰っていた。


 それは書物の持ち主をイリシオスだけだと限定し、項目を開くことが出来るのはイリシオスの心臓が停止した時だと条件を付けて、封印を施したのである。


 イリシオスは不老不死ではあるが、傷を付ければ当たり前に怪我をする身体を持っている。


 何もしなければ死なないが、致命傷を負えば、生命を維持するための器官が停止し、生きた屍のような状態となるだろう。


 心臓や脳をえぐり取られたら、その時点で他の人間と同様にイリシオスは「死ぬ」。

 失った部分を再生する力など宿ってはいないため、例え「不老不死」であっても、無敵ではないのだ。


 イリシオスの命と結びつけられた書物はこの塔の遥か地下に眠っている。

 つまり、取り出すためには塔を全て破壊しなければならない仕様にしていた。その事実を知っているのは今となってはイリシオスだけだろう。


 だが、このような事態になるくらいならば、エイレーン達が居た時に、躊躇うことなく焼却しておけば良かったとイリシオスは深い溜息を吐いた。

 

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