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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
愚者の旅立ち編
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君の熱

 

「……」


 呆然とした表情のまま、クロイドはハオスが消えていた空間に視線を向けていた。


 心が空っぽになってしまったような感覚に陥っている理由を自分はすでに自覚している。

 だが、自覚してしまえば、己の無力さと後悔が一気に押し寄せて来てしまう気がしてならなかった。


 静寂さが続く中、掠れたような声が耳に入って来る。クロイドと同じように、難を逃れた団員達の声だ。


「……どうすれば……」


「何で、こんなことに……」


「おい、しっかりしろ……!」


 ハオスの古代魔法の魔法陣から逃れていた団員達は、魂を引きはがされて倒れている仲間のもとへと寄り添いつつ、何か効果的な魔法がないか確かめ合っているようだった。


 だが、どの魔法を試しても、倒れたままの者達の目が覚めることはなかった。それでも、団員達は倒れている者達の名前を悲痛に呼びながら、声をかけ続ける。


 その場に立ち尽くしていたクロイドは、どうか目の前で起きている全てが夢であって欲しいと願いながら後ろを振り返った。


 ……ああ。


 振り返った先には現実が待っているだけだった。


 思わず目の奥が痛み、瞳に涙が浮かんでしまう。

 泣いてはならない、泣く暇などないと分かっているのに、悲しさで涙が溢れて仕方がなかった。


 ……アイリス。


 大切で、愛おしくて仕方がない唯一の人はまるで人形のように動かないままだ。


 彼女が自分の代わりに魂を奪われてしまったなど、夢であれば良かったのに。自分が彼女の身代わりになることが出来ればいいのに。

 どうして、自分を庇ってしまったんだと言いたかった。


 一歩、一歩と何とか足を動かしては倒れたままのアイリスへと近づいていく。


 だが、途端に力尽きてしまい、クロイドはその場に膝をついてしまった。足に鈍い痛みが走っても、構うことなくクロイドはただ一直線にアイリスへと向かった。


「はぁっ……。はぁ……っ……」


 突然、呼吸が荒くなり、息がしにくい状態へと陥っていく。身体が異常に重く、上手く筋肉が動かない。


 先程、ハオスによって魔法で拘束された際に爆発させるように魔力を使ったため、その反動が今頃になって返ってきているのだろうか。


「ご、ふっ……」


 喉の奥が何かで詰まった気がして、クロイドは激しく咳き込んだ。ぽたり、と目の前の床上に落ちた赤い斑点が自分の口元から零れていたものだと気付く。


 もしかすると、自分でも気付かないうちに内蔵のどこかを傷付けてしまっていたのだろうか。

 いや、そんなこと、どうでもいい。


 今はただ、アイリスの傍に行きたかった。

 彼女の傍に寄り添いたい。


 その一つの想いだけで、クロイドは動かなくなっていく身体を懸命に動かし、這いずりながらもアイリスへと近づいていく。


 先程、アイリスを守るために張っていた結界はいつの間にか破れていた。恐らく、結界を張った本人であるクロイドが魔力を注入し、持続させるための力を失いつつあるからだろう。


 魔力は空っぽにはなっていないが、今の状態では自分自身に治癒魔法をかけることすら出来ないでいた。


「っ……。ァ……リ、ス……」


 名前も呼んでも、いつものように優しい声は返ってこない。その事実がどうしようもなく辛かった。


 目を閉じては駄目だ。

 閉じたくはないのに、瞼が重くなっていくのは何故だろうか。


「アイ、リ……ス……」


 クロイドは身体を這いずらせながらも右手をアイリスの方へと伸ばす。指先が震えていても、何とかアイリスに触れたかった。

 彼女が確かに存在しているのだと、触って確かめたかったからだ。


 床の上にだらりと力無く、アイリスの細い腕が置かれている。その手に、自分のものを伸ばした。


 ゆっくりと、ゆっくりと。


 そして、やっとの思いで触れた手の甲は、二度と熱が宿らないのではと思える程に冷たく感じてしまい、クロイドは視界を次第に潤ませていく。


 ……ああ、どうして。


 どうして、こんなにも冷たいのだろう。

 どうして、指先一つ、動かないのだろう。


 守りたかった。

 守らなければならなかった。


 たった一つの大切なものだったのに。

 自分には彼女以外、何もないのに。


 後悔と絶望が心へと押し寄せてきそうになるのをクロイドは歯を食いしばって、何とか留めた。

 何もかもを諦めるにはまだ早すぎる。


 アイリスはいつだって、どんな時だって諦めずに立ち向かっていたではないか。

 自分は、そんなアイリスの姿を見るのが何よりも好きで、そして──彼女の隣に立てることを誇りに思っていた。


 クロイドはまた一歩、前へと進み、そして自分が持っている熱を分け与えるようにアイリスの手の甲に自分の手を重ねてから、包み込むように握りしめる。


 ……アイリス。必ず君を──。


 きっと、この冷たい身体に熱を戻す。

 それだけを強く誓ったクロイドの意識はやがて、遠のいていく。この身体にどうやら限界が来てしまったらしい。


 嫌だ、目を閉じたくはない。閉じてしまえば、アイリスと離れてしまう。

 それでも、身体はクロイドの意思に反して、重くなっていった。


「──……!!」


 気が遠くなる直前、誰かが自分の名前を呼ぶ声が聞こえたが、クロイドは答えることは出来ずにいた。

 

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