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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
裏の教団編
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推測

     

  

 誰かに呼ばれるような声が聞こえた。

 名前を呼んでいるが、知らない声だ。


 その声を辿るように遠く、深くに沈むような感覚から、一気に意識が現実へと戻って来る。


「――っ!」


 はっと現実に帰って来たアイリスが瞼を開くと、目を開けたことを勘違いしたのではと思える程に薄暗い空間にいた。


 まだ身体が痺れているため、動くことは出来ない。それでも自分が何か平べったいものの上に、身体を横にしていることは分かる。背中に伝わって来る冷たさはまるで氷で作られた石のようだ。


「……?」


 身体を試しに動かしてみるが、掌などが動く感覚は分かる。


 だが、部分的にしか動けないのだ。

 身体全体を動かそうと力を入れるが、寝ている自分の身体を起き上がらせることが出来ず、アイリスは顏を顰める。


 先程、自分で腹に刺した万年筆の痛みだけがこれは夢ではなく現実だと告げている。


 ……嘘でしょ。


 動くことが出来ないのではなく、動けないのだ。身体には何か縄のようなものが縛り付けられており、自由を奪われていた。


 ……一体、何が起きているの。


 この薄暗い空間は魔具調査課の部屋ではない。

 そして、瞼を閉じる前に微かに見えたあの黒い姿、あれは――。



 そこへ一つの軽やかな足音が聞こえ、もたらされるランプの明かりによって、それが誰だか分かった。


「……また、あなたなの」


 ラザリー・アゲイルがそこにはいた。ただ一昨日と違うのは、服装がまるで魔女のように黒の儀式服を着ていたのだ。

 アイリスが高めの台のような場所に寝かされているため、ラザリーの顔が近く見える。


「あら、お目覚めだったのね、お姫様」


 からかうような口調にアイリスはむっとすると、ラザリーは肩を竦める。


「あなたには悪いけれど、服は勝手に替えさせてもらったわ」


「なっ……」


 そういえば、少し身体が寒く感じると思っていたが着ていたはずの服は白い服へと替わっていた。

 寝ている状態なので、はっきりとは分からないがワンピースのようなものだろう。


 だが、上と下の服を全て脱がされているとは、腹立たしいにも程がある。腰に下げていたはずの短剣さえなかった。


 自分に武器を持たせないように注意しているのだろう。持たせたら、暴れ回ると分かっているからだ。


「あぁ、大丈夫よ。服は私が替えたから。さすがに男性にはそんなことさせられないもの」


 つまり、このよくわからない場所にはラザリー以外の人間もいるということか。


「ここはどこよ。私に何をする気? クロイドやミレットに何かしたら、絶対許さないわ。私の口であなたの喉を嚙み切ってやるんだから」


 静かにそう告げるも、彼女は臆することなく笑っている。

 言葉で例えるなら、悪女という表現な似合いそうな笑みだった。


「あなたのお友達は何ともないわ。ただ眠ってもらっているだけだもの。でも、あなたにはしばらくそのままで居てもらうわ。せっかく準備が整ったのに、邪魔されたら堪らないからね」


 やはり、自分の知らないところで何かが起きようとしているのだ。

 だが、それよりもクロイド達の身の安全を確認出来て、アイリスは少しだけ安堵した。


「時間までもうすぐだから、ゆっくりしているといいわ」


「私をこんな状態にしておいて、よくそんなことが言えるわね」


 嫌味ったらしくアイリスが吐き捨てても、ラザリーの余裕の笑みは変わらない。彼女に言葉は効かないようだ。


「そんな風に威勢よく出来るのも今だけよ。……でも、大丈夫。あなたの願いが叶う時がきたのよ。それを私達が叶えてあげる……」


 その言葉はアイリスに言っているのか、誰に言っているのかは分からない。ただ、ラザリーの瞳だけは自分を捉えていた。


「さて、私は私の準備があるから、もう行くわ。残りの時間、ゆっくり過ごしていなさいな」


「あ、待ちなさいっ……」


 だが、アイリスの制止に構わずにラザリーは暗闇の中へと消えていく。ラザリーが持ってきたランプだけがその場を照らしてくれる。


 ……状況が掴めないわ。


 整理しようとラザリーの言っていた言葉を一つ一つ思い出してみる。


 彼女は準備が整ったと言っていた。そして、その何かには自分が必要なのだ。

 先日、戦った時には自分の身体に悪霊を入れようとしていたため、自分の身体を悪霊に取り憑かせて操ろうとしていたと推測出来る。


 しかし、それが何の目的のためなのかは分からない。


 ……悪霊、いいえ。霊は全部で十人くらい居たってカインさんは言っていたわ。


 それほどの魂が必要なものとは一体何か。


 ふと、頭の中に悪魔を呼び出す方法ではという考えが過るがすぐにその考えを消す。悪魔を呼び出すことは、魂を使わなくても出来る。


 では、十人の魂と引き換えに何かを行おうとしていたのでは?


 魂と引き換え。違う。

 引き換えなどではなく、それは――。


「……っ!」


 一つの言葉が脳裏に浮かんだ。



 ――生け贄。



 すっと頭から身体全体にその言葉が染み渡るように響いていく。


 確かたくさんの魂を生け贄に捧げることで、何かを召喚する儀式や魔法があったはずだ。

 ラザリーは、いや彼女と共にいる何者か達はそれを行おうとしているのではないか。


 そして、ラザリーは自分に練習として、悪霊を入れてみようかと言っていた。

 練習、一体何の。


 全てが引っかかり、答えが出てこない。


 ラザリーはウィリアムズとつながっている。恐らく、スティル・パトルも。

 では、スティル・パトルは何に関する繋がりか。


 そこで、アイリスはミレットが言っていた言葉を思い出す。


 スティルは魔女エイレーンを呼び出そうとしているのでは、と。

 それなら、ラザリーは一体何だ。彼女は霊を悪霊にする力を持っている。そして、声一つで魔法を簡単に操ることも出来る。

 また、ラザリーの叔父は魔的審査課の人間であるセド・ウィリアムズだ。


 ……まさか。


 そう思いたい。

 だが、引っかかる言葉を見直せば見直すほど、そう思ってしまうのだ。


 ……エイレーンを、エイレーンの魂を私に降ろす気なの……?


 自分で出した推測にアイリスはただ、身を震わせて戦慄していた。

    

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