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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
愚者の旅立ち編
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絶無の檻

 

「まぁ、そんなに怒るなよ」


 わざとらしい言葉が嘲笑と共にハオスから吐かれたところで、クロイドの殺意は止まることはない。クロイドは最も殺傷力の高い魔法を次々に展開しては、踊るように逃げ回るハオスへと放っていた。


「確かにアイリスまで巻き込むつもりはなかったが、こちらが出す条件にさえ応えてくれれば、生き返らせることだって可能だぜ?」


「……」


 ハオスの悪魔らしい甘言にクロイドはさらに視線を細める。


「はぁ、全く信じていないと言わんばかりの表情だな。……おっと。とりあえず、攻撃を止めろって。話は聞いておくものだぜ?」


 クロイドからの攻撃魔法を難なく避けつつ、ハオスは言葉を続ける。


「ここに寝転がっている奴らは、俺の魔法で仮死に近い状態となっている。簡単に言えば、死んでいないし、死ぬ一歩手前の状態だ」


「っ……」


 ハオスの言葉にクロイドの意識がやっと現実へと戻って来る。

 それまでは怒りによって感情も意識も支配されていたが、アイリスがもしかすると死んではいないという言葉で、何とか理性が戻ってきたのである。


「俺がさっき、教団の魔法使い共に仕掛けた魔法……『絶無の檻(アレスナダルヴィ)』は古代魔法の一つでな。魂が向かう場所と言われている冥府へと続く扉を無理矢理に開くことが出来るのさ。そして、魔法陣の中に入っている者の魂を身体から引っぺがして分離させるんだよ。そうすることで身体は空となり、使い勝手のいい器にもなる。身体から引き離された魂はその後、有効活用するために、別空間となる冥府のとある場所で一時的に保管する──そんな魔法なのさ」


 ハオスに対する怒りと殺意は治まっていないが、それでも理性の部分が戻ってきたことによって、身体に宿っていた熱は次第に治まり始める。


 古代魔法──それは現代において禁じられた魔法だと言われている。

 禁忌とされる魔法が多いため、古代魔法に関する書物などは発見され次第、焼却されるか、厳重に保管されていると耳にしたことがある。


 だが、何故ハオスがその魔法を使うことが出来るのだろうという疑問がぽつりと生まれた。


「つまり、魔法陣の中に入っていた奴らと俺は魂を縛る契約をしていて、こいつらの魂を冥府の檻の中で、一時的に預からせてもらっているのさ。だから、死んだと思って仇を討たんばかりに俺を殺そうとすれば、せっかく仮死状態のままで死んではいない奴らの息を吹き返すことは叶わなくなるぜ? 何せ、この古代魔法の解き方を知っているのは俺と──ブリティオンのローレンス家の人間だけだからな」


「……っ。……最初から、こうやって団員達を人質に取るつもりだったということか」


 冷静さが戻ってきたクロイドは黒髪の隙間からハオスを強く睨む。

 本当はさっさと殺してしまいたいところだが、クロイドは両手で拳を強く握りしめつつ、理性で耐えていた。


 心臓も止まり、呼吸もしていないアイリスだが、これが仮死状態ならば、まだ死んではいないということだ。


 ハオス曰く、身体から魂を引きはがした状態らしいが、このままアイリスの身体を保護し、そして魂となるものを再び入れたならば──彼女を生き返らせることが出来るのではないのかという考えに至った。


 適切な方法を用いれば、アイリスだけでなく、同じように倒れている団員達も息を吹き返すだろう。

 そのためには今、感情的にハオスを殺すことは出来なかった。


 クロイドの質問に対して、肯定するようにハオスはにやりと笑う。


「いや、人質なのは団員だけじゃないぜ?」


 ハオスはぱちんっ、と指を鳴らす。すると彼の背後の左右には大きな水溜まりが出現し、それは鏡のようにゆっくりと広がっていく。

 新手の攻撃かと思ったが、どうやら違うらしい。


 空中に浮かぶ二つの水面に映された光景を見て、クロイドは思わず顔を強く顰める。


 一つはイグノラントの街並み、そしてもう一つはクロイドが生まれた場所である「王宮」だった。


「俺が人質に取るのは三つ。教団の団員と、イグノラント国民、そして──王族だ」


「……何が要求だ」


 地を這うような低い声で訊ねれば、ハオスはそれを待っていたと言わんばかりに唇で弧を描いて行く。

 不気味な半月が開けば、そこから耳を疑うような言葉が並べたてられた。


「ウィータ・ナル・アウロア・イリシオスの血と、彼女が秘匿している古代魔法に関する書物を寄越せ」


「……!」


 ハオスが三つの人質の代わりに要求してきたものの存在の大きさに、クロイドだけでなく、同じように無事だった団員達からも驚きの声が漏れ聞こえる。


 不老不死と言われているイリシオスの血と、彼女が秘匿している古代魔法に関する書物。

 それはきっと、ハオスだけでなく、他の誰にも渡してはいけないものだと瞬時に察していた。


 渡してしまえば、どうなるのかは分からない。けれど、更に良くないことが起きるのは確かだろう。


 冷たい汗が、クロイドの背中に流れて行く。今、この場で悪魔の囁きに答える言葉をクロイドは持ち合わせてはいなかった。


「俺はな、千年生きているあの魔女を……」


 ハオスは頭上を見上げる。まるで、天井越しに何かを見ているように。

 そして、呟いた。


「──地の底に堕としたいんだよ」


 そう言って、ハオスは愉悦を浮かべた表情で静かに笑っていた。

 

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