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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
愚者の旅立ち編
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約束の手

 

 アイリスとクロイドが広間の中へと入った際、最初に目にしたのは多数の団員達がハオスに向けて攻撃を仕掛けている光景だった。


 身体強化の魔法をかけた剣士達が息を合わせつつ、空中に浮いたままのハオスへと飛び上がるように斬りかかる。

 だが、ハオスはまるで子犬と遊んでいるように余裕な表情を浮かべながら攻撃を避けていた。


「くはははっ……! いやぁ、愉快、愉快! まぁ、たった一ヶ月程度で魔法使いの質が変わるなんてことはないだろうと思っていたが、まさか全く成長していないとは!」


 教団の魔法使い達が連続して炎の塊をハオスへと向けて放っていたが、彼はそれをわざとその身に受けて、攻撃の威力を確かめているようだった。


 炎を直に受けたことで、黒煙がハオスの身体から発生する。しかし、彼は右手を軽く振り払っただけで、視界を埋め尽くす黒煙を全て薙ぎ払っていた。


 黒煙の向こう側から現れたのは傷一つない、ハオスの姿。そして、小物を見るような瞳で見下してくる、金色と黒色の瞳が半月のように弧を描く。


「……こんな奴、どうやって倒せば……」


 団員の誰かがぼそりと絶望したような言葉を呟いた。


 恐らく、状況から察するに団員達は一方的にハオスへと攻撃を仕掛けていたのだろう。だが、ハオスは傷を負うことなく、飄々とした様子で見下してくるだけだ。


 防御魔法で固めているわけではない。まるで最初から攻撃が通用しないと言わんばかりに、「無敵」という言葉が似合う程、彼は「何もしていない」のだ。


 攻撃が通用しない相手に、どのように攻撃すればいいのか分からないからこそ、団員達は次第に焦り、絶望していくのだろう。


「……さて、お前らの相手はそろそろ飽きたし、本番を始めようか」


 にやり、とハオスが笑った。それはまるで死の宣告をする死神のような笑みだった。ぞくりと背筋に駆け抜けていくこの感覚をどのように表現すればいいのか分からない。

 ただ、それまでのハオスが纏っていた空気ががらりと変わったのだけは感じ取れた。


 ハオスが無の状態から攻撃態勢へと変換するつもりだと、察知した団員達はすぐに防御の構えを取り、結界を形成しながら守りを固めて行く。


 退避するか、それともクロイドの結界の中で耐え抜くか。どちらが最善だろうかと瞬時に考えを巡らせつつ、アイリスはハオスに視線を向ける。


 だが、ハオスは最初から、この瞬間を実行するためだけに待っていたという表情を浮かべていた。


「──開け、永劫なる冥府の扉(サンプエルタ)。汝が罪は何か。汝が生は何か。全ては無となり、有となる。以て、その魂を……銀の鎖で捕らえよ──絶無の檻(アレスナダルヴィ)


 ハオスが唱えた呪文は初めて耳にした言葉だった。ところどころ、聞き取れない単語が入っており、それが「古代魔法」が盛んだった時代に使われていた言葉だと気付く。


 ……違う、これは攻撃魔法なんかじゃない!


 古代魔法は生命や時間と言った、世界の理として決められたものを覆す魔法が多いと聞いている。それならば、ハオスが唱えた魔法はそれらに関するものではないかとアイリスは瞬時に察した。


 何かが、来る。

 瞬きするよりも早く、アイリス達が立っている足元が青白く光り出した。


 円状に描かれているそれが「魔法陣」だと気付いた時、やはりハオスが気配を消すことなくこの場所に居たのは獲物を捕まえるための罠だったのだと知った。


 ……っ!?


 だが、瞬間、アイリスの脳内にとある光景が映る。それはあまりにも鮮やかで、そして現実にしか思えない程に生々しかった。


 脳裏に映った自分は何故かクロイドによって、後方へと突き飛ばされており、そして白い光が視界を埋め尽くした後──自分を庇うように守ってくれたクロイドが床の上へと倒れている光景が広がっていたのである。


 倒れたクロイドに駆け寄ったアイリスは彼の安否を確かめるが、クロイドは身体を冷たくしたまま、次第に「無」へと変わっていく。


 クロイドが二度と会えない人へと変わっていく姿を見ながら、アイリスは悲痛に嘆いた。



 ああ、どうか神様。お願いです。

 どうか、どうかこの人を私から奪わないで下さい。


 私の大事な人なんです。私の半身なんです。

 どうか、どうか。それならば、せめて、私を──。



 クロイドの冷たい身体を抱いていたアイリスは強く願った。


 それは歌のように。それは呪いのように。

 ただ、願った。


 どうか、自分がクロイドの代わりに──。




 

 アイリスが泣き叫ぶ姿が、まるで実際に起きた出来事のように脳内で繰り返される。

 

 クロイドが、死ぬ。

 それが現実に起こったこととして、アイリスの脳内には存在しているのだ。鮮明過ぎる光景を体感した身体は震えており、それが現実になってしまうことに対して、恐ろしさを感じていた。


 ああ、駄目だ。

 この光景の通りにしてはならない。


 自分は彼を守ると誓った。生きて欲しいと、願った。

 最愛であるクロイドに、生きて欲しいと。たとえ、自分が犠牲になろうとも。


 この後に起きることを()()()()()アイリスは、踏み出そうとしていた足をクロイドの方へと戻した。


 ()()()()()ならば、こんな悲痛過ぎる未来、()()()()()()ならない。


 振り返った際にクロイドと視線が交わる。彼は驚いた表情を浮かべていた。


 きっと、ハオスが繰り出そうとしている魔法に対処する方法を探していたのだろう。本当に最後まで諦めないクロイドに、アイリスは心から安心してしまう。


 だから、大丈夫だと伝えられるように、アイリスは出来るだけ笑ってみせた。


 大丈夫、あなたは生きていられる。死ぬことはない。

 自分がこの手であなたを守るから。だって、生きて欲しいと願ったから。


 それでも──クロイドを一人、残してしまうことを許して欲しくて、アイリスは一筋だけ涙を流した。



   挿絵(By みてみん)




「──ごめんね」


「アイ──ッ」



 アイリスはクロイドの身体を思いっ切りに後方へと突き飛ばした。クロイドは右手をアイリスの方に伸ばしていたが、それは簡単に空を切っていく。


 ハオスの魔法が完成したのだろう。彼が呪文を唱え始めて、一秒も経っていない間に、アイリスは最良と呼べる方法を判断した。

 この選択を選んだことに対する後悔など微塵もない。


 ただ、少し悲しいだけだ。その悲しささえも、自分は愛おしいと思う。

 だって、クロイドを守るという約束を自分は果たすことが出来たのだから。


 ……クロイド、愛しているわ。


 普段ならば、照れて言えないような言葉が思わず心の中で漏れてしまう。死が目の前に迫ってきているかもしれないというのに、アイリスの心はあまりにも穏やかだった。


 それは恐らく、クロイドは生きているという確証があるからだろう。だからこそ、自分らしく立っていられたのかもしれない。


 足元の青白い魔法陣から白き閃光が放たれる。


 その場が白で埋め尽くされる寸前まで、アイリスは視線を交えていたクロイドに微笑みを送っていた。



  

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