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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
愚者の旅立ち編
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確認する熱

 

 イト達に魔物を任せて、アイリスとクロイドはイリシオスが居る塔に向けて、全速力で走っていた。


 ……間に合って、お願い……!


 クロイドも身体強化の魔法で速力を上げているようだが、いくら早く走っても焦りは消えなかった。足がもつれそうになるのを我慢しても、疲労は次第に溜まっていく。


 どくん、どくんと心臓が早まっていく感覚を落ち着かせることは出来なかった。


 すると、頭の端がずきんと痛んだ気がして、アイリスは顔を一瞬だけ顰める。その瞬間、ふと脳裏に何かの光景が映った気がした。


 ……あれ? また、この既視感……。


 脳裏に浮かぶ光景にアイリスは首を傾げそうになる。クロイドと共に焦燥感を抱いたまま、走る光景をどこかで見た気がした。

 それは塔に近づくたびに、まるで実際に起きた出来事のように鮮明なものへとなっていく。


 ……見たことがある。私は、この光景を知っている……?


 光景だけではない。これから起ころうとしていることを自分は知っている気がしてならなかった。だが、この先を思い出すことは出来ず、アイリスは表情を歪めて行く。


「着いた……!」


 クロイドがそう呟いた一言で、アイリスは意識を現実へと戻した。最初に視界に映ったのは、塔の入り口が荒々しく破壊されている光景だった。


 塔に入るためには「正当」な手順を踏まなければならない。それこそ、入ることが出来る人間が限られているため、許可を得ていない者が侵入すると弾き返される魔法が施されているらしい。


 しかも、それは一つの階につき、いくつかの魔法が組み合わせて施されているので次の階へと上ることは簡単ではないという。


 だが、現状はどうだろうか。目の前に広がっている光景を現実なのかと疑うことしか出来ないのは、塔を守っている結界の強固さに胡坐をかいていたからかもしれない。


「そんな……」


 塔の入り口は以前、見た際とは同じものと思えない程にぐちゃぐちゃにされていた。

 瓦礫と化した入り口を見る限り、かなり乱暴に、そして力任せに結界をこじ開けてハオスが侵入したことが窺える。


 クロイド達が感じ取った大きな魔力は、塔の入り口を無理矢理に開けるために使われたのだろう。


 どくん、どくん。心臓がまた早くなっていく。


 自分達は、強固な結界を破いた相手と対峙しなければならない。そんな現実を今、目の当たりにしてしまったことから、冷や汗がぶわりと噴き出ていた。


「……アイリス」


 隣に立っているクロイドがアイリスの背中にそっと手を添えて来る。アイリスの足がすくんでしまっていることに気付いたのか、クロイドは静かに言葉を告げた。


「……無理をするな」


「……」


 撫でるように添えられる手の温かさが、凍えていたアイリスの心に温もりを与えて行く。


 その温度は、クロイドが生きている証だ。実感してしまえば、冷たくなってしまっていた手足に再び、熱が宿り始めた気がした。


 ああ、自分は──この温度があれば大丈夫だ。

 この温度を守るためなら、たとえ強い相手でも何度だって立ち向かえる気がする。


 一度、短い息を吐いてからアイリスはクロイドの方へと顔を上げた。


「……平気よ」


 アイリスは出来るだけ、不敵に笑ってみせる。だがきっと、クロイドはアイリスの虚勢に気付いているだろう。彼の前では自分を偽ることが出来ないのだ。


 クロイドはアイリスの覚悟を否定することなく、どこか悲しげな表情を一瞬だけ浮かべた気がした。


「……何かあれば、君は俺が守る」


「それならば、私はあなたを守ると誓うわ」


 クロイドから真っすぐ向けられた言葉は素直に嬉しいと思う。それがアイリスにとって、心の支えになっていると彼は知らないでいるのだろう。


 ……大丈夫、私はクロイドがいれば、強くなれる。


 アイリス達はお互いに視線を交えてから、頷き合う。


 どんな時も、自分達は一緒だ。

 たとえ、敵が想像以上の力を持っているのだとしても、この命は簡単に散らせる気などない。


「行きましょう」


 腰に下げている剣の柄に手を添えつつ、アイリス達は塔の入り口へと向かって行く。


 普通ならば、アイリス達でさえ簡単に入れない塔の中だが、一階部分は結界が完全に破かれているようで、弾かれることなく入ることが出来た。

 瓦礫と化しているため、足元に気を付けつつ、気配を探りながら塔の中に二人は足を踏み入れる。


「……随分と派手に破壊したみたいだな」


「そうね……」


 視線を周囲に素早く巡らせながら、アイリス達は現状を確認し合った。


 塔の中は輪となっている通路が、その中央となる円状の広間を囲っている構造になっていた。

 広間へと続く扉はすでに木片と化しており、誰かが広間へと入ったことを意味している。


 アイリスとクロイドは壁の陰に隠れつつ、大きな物音が聞こえてくる広間の様子を窺うように覗き見た。


「……広間の中からは多数の魔力が感じ取れる。恐らく、他の団員達が先に突入しているんだろうな」


「ハオスの魔力は?」


「先程のような大きい魔力は感じ取れないが気配は消えないままだ。……この位置から奴の姿は見えないが、広間の中に居るのは確実だろう」


「……」


 広間の中からは戦闘を行っている激しい音が聞こえてくる。


 壊れた扉から視線を広間の中へと向ければ、何かに向けて魔法で攻撃を行っている団員の姿が見えた。それも数人どころではなく、数十人程いるようだ。


 先程のハオスの膨大な魔力を感じ取って、恐らく塔のイリシオスに危険が及ぶことを察した団員が駆けつけてくれたのだろう。


 アイリスは何度か深呼吸を繰り返す。

 皆が、戦っている。それはきっと、一人一人にとっての大切な何かを守るためだ。


 ……大丈夫、怖くない。


 アイリスは隣に立っているクロイドへと視線を向ける。そして、お互いに準備が出来たことを確認し合ってから、壊れた扉の内側へと滑り込むように入った。


 

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