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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
愚者の旅立ち編
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預ける背中

 

 イトは塔の方へと向かって、走っていったアイリス達を見送ってから、一つ息を吐いた。魔力量の少ない自分の身に直接伝わって来た、塔から流れてきた魔力の量は明らかに異常だった。

 まるで、いつ爆発するか分からない爆弾が仕掛けられたような気分だ。


 感じられた魔力の質もかなり不快なもので、クロイドが言っていた通り、一度この魔力の気配を覚えたら忘れることはないだろうと思える程に異質だった。


 今はとりあえず、塔から感じられた魔力に意識を向けるのではなく、目の前の敵に集中した方がいいだろう。

 そう思い、剣を構え直そうとするや否や、魔法陣から出現した魔物が自分へと襲い掛かってくる。


「……」


 それをイトは目にも止まらぬ剣捌きで難なく切り伏せた。


 ぼとり、と生々しい音を立てて落ちたのは、魔物の首だ。その首に見向きすることなく、イトは次に襲い掛かろうとしていた魔物へと対峙する。


 魔物を討伐することには慣れているが、それでも心の端っこには気がかりにしていることが消えずに主張したままだ。


 ……今、相手にしている魔物が普通の魔物なのか、それとも元人間だったものなのか、私には分からない。……けれど。


 向かって来る魔物に向けて、イトは低い体勢で剣を構えて、そして音を立てることなく凪のような一閃を薙いだ。


 今の技は父が生きていた頃に教わった、一の型「凪斬り」だ。一撃必殺の剣であるため、威力は高いが集中していなければ音を立ててしまう技だった。


「イトっ!」


 自分の背中を守っていたリアンから声がかけられる。

 恐らく、自分から見て、死角となる場所から魔物が攻撃を仕掛けようとしているのだろう。


 こういう時、背中を預けられる相棒が傍に居ることに感謝してしまいそうになる。

 だが、自分は素直にお礼を言うことが出来る性格ではないため、リアンには心の中でありがとうと呟いておくことにした。


「……次から次へと……」


 イトはとんっと軽く地面を蹴って、高く跳躍した。リアンが忠告してくれた通り、自分の死角となる場所から魔物が刃を振るおうとしていた姿が視界に入って来る。


 ……たとえ、この魔物が元は人間だったとしても。


 イトは抜いていた剣の柄を掴む手を少しだけ変えて、刃が真下に向かうように握り直した。


 ……奪うか、奪われるかの戦いにおいて、『もしかすると』なんて甘い考えは捨てなければならない。


 魔物になった者を元に戻す方法が見つかっていないと言うならば、自分は守りたいものを守るために、例え相手が何であろうと刃を振るってみせる。


 命を奪うことに対する覚悟なら、とうの昔にしているのだから──。


 イトは魔物の頭上から、重力に従うように落下し、そのまま刃先を魔物の頭へと突き刺した。


「ガァアッ……」


 魔物というものは、頭か心臓を貫けば死ぬものが多い。もしくは身体を分離させて、出血死させたり、毒を刃に仕込むことも剣術における魔物討伐の方法として取られている。


 イトは死体となった魔物から剣を抜き取りつつ、地面の上へと軽やかに着地してからリアンへと呼びかけた。


「リアン、浄化を」


「了解!」


 イトは保持している魔力が少ないため、浄化の作業はいつもリアンに行ってもらっていた。


 リアンが持っている剣は『精霊剣──「黄昏れの半月」』と言って、かなり特殊な剣だ。教団側が確認出来るだけで、この精霊剣の使い手は今のところ、リアン一人だと言われている。

 その理由として、リアンが精霊を視界に映すことが出来る稀有な瞳を持っているからだろう。


 精霊剣にはその名の通り、本物の精霊が宿っている。この精霊は四大元素を司る精霊で、精霊を瞳に映すことが出来る上に彼らが気に入った人間にしか力を与えないのだという。


 つまり、リアンはその精霊達に気に入られているため、精霊剣を扱う使い手として選ばれたらしい。


「よーし、『フォン』! 頼んだぞー!」


 リアンは剣に向かって、友達に話しかけるような口調で促す。


 この「フォン」というのは、精霊剣の中に宿っている火の精霊サラマンダーの名前らしい。

 サラマンダーから名前を付けて欲しいと言われたリアンが特に熟考することなく、「フォン」と名付けたと言った時には、無表情で有名なイトも顔を歪めて、ついつい頭を抱えた程だ。


 元素を司る精霊に対して、名付けが安直過ぎないかと思ったが、精霊剣に宿る精霊はかなり名前を気に入っているらしい。


 精霊の力を狙う輩もいるらしいので、リアンのような能天気──いや、心が広く朗らかな人間が精霊達に気に入られるのも何となく納得出来るということは、本人には言わないでおこうとイトは密かに思っている。


 リアンの呼びかけに応じるように、彼の両手剣の刃は一瞬にして炎で覆われて行く。


「それっ!」


 両手剣をそのまま横に一直線に振ると、刃に纏っていた炎は死体となった魔物へと乗り移るように直撃し、その身体を燃やしていった。


 やがて、魔物の身体が灰になったことを確認してから、リアンは精霊剣へと呼びかける。


「ありがとう、フォン!」


 精霊剣はリアンの言葉に返事を返すように、一瞬だけ赤く光ったが、瞬きをした次の瞬間には普通の剣へと戻っていた。

 

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