覚悟
だが次の瞬間、魔力を持っていないアイリスさえも感じ取れる程の異様な気配が前方から後方へと駆け抜けるように吹き抜けていった。
ぶわり、と生温い風のようなものが身体に吹き当たったが、その不快さは上手く言葉に出来ないものだった。
「っ!?」
「なっ……」
「何だ、この気配……」
初めて感じ取った気配にアイリス達は思わず、足を止めてしまう。身体全身に震えのようなものが走ったのは気のせいではないだろう。
「……これは……」
クロイドが口元を押えつつ、目を見開いた。まるで、ありえないと言わんばかりに彼の肩が震えていた。
その視線は建物の隙間から見えるイリシオスがいる塔へと向けられている。つまり、この異様な気配は塔の方から流れてきているということだろう。
「何なんだ、この……魔力の量は……!?」
「っ……!」
「こんな魔力量を感じるのは初めてだ……。一体、何が……」
クロイドだけでなく、イトとリアンも青ざめた顔をしていた。彼らにははっきりと分かるのだろう。
恐ろしい程の魔力量が出力されて、何が起きようとしているのかを。
……急がなければ……!
何かが、始まってしまう。止めなければ。誰が。
身を震わせる程の魔力量を持つ悪魔にどうやって。魔力も持たない自分は本当に勝てるというのか。
……私は恐れているんだわ。
改めて、ハオスが持っている力の強大さを知り、自分は尻込みしているのだ。
強いものに対する恐怖を自分は今、身体の底から湧き上がらせているのかもしれない。それでも──。
アイリス達の前方に緑色の魔法陣が出現し、その場から這い出るように魔物の姿が現れる。その数はざっと見たところ十体程いるようだ。
「くそっ、次の魔物が……!」
思わず、舌打ちをしたくなってしまうが、アイリス達を追い越す二つの影があった。
「あっ……」
まるで、風の流れに乗っているようにイトとリアンがアイリス達を追い越しては、そのまま自身の得物を素早く抜いて、魔物を切り伏せて行く。
「──行って下さい!」
イトはアイリス達の方へと振り返ることなく、刃を魔物の首へと滑らせながら声を上げる。
「早く! 今のうちに!」
「ここは私達が足止めします! お二人は早く、塔へ!」
息を合わせながら、イトとリアンはお互いの隙を埋め合うように魔物を次々と倒していく。それでも、上限がないように魔物は地面に浮かぶ魔法陣から湧き出ていた。
「行って下さい、アイリスさん! 間に合わなくなる前にっ……!」
「っ!」
その叫びは覚悟だった。だからこそ、自分は彼女達の覚悟を否定することは出来ない。
イトとリアンが魔物の足止めをすると覚悟したことに反論すれば、二人の決意を無駄にしてしまうからだ。
お礼を言うべきか、それとも謝るべきか。
アイリスは全ての言葉をぐっと、腹の底へと抑えて、その言葉を吐いた。
「……任せたわ!」
「死ぬなよ、二人とも……!」
アイリスとクロイドは振り返ることなく、イト達へと言葉をかけて、魔物の隙を縫うように先へと進んだ。
背後からは魔物と戦闘を行っている音が激しく響いて来る。それでも、今の自分達は先に進むことを託された。
だからこそ、イト達の想いも携えて、前に進まなければならないのだ。
「……大丈夫だ。イトとリアンは強い」
「……ええ」
クロイドは顔色を変えることなく、そう言った。それはイト達へ信頼を寄せていると受け取れる言葉だった。
「……行きましょう。間に合わせるために」
たとえ、力が及ばずとも。
たとえ、自分が無力でも。
強いものに対して恐れることは間違いではない。
それでも、託されたものを突き通すために。
自分の命に代えてでも、守らなければならないもののために。
覚悟を決めた心を燃やすために。
アイリスは唾を飲み込みつつ、自身の刃である長剣の柄に手を添えていた。




