滾る熱
ハオスの気配を辿りつつも、アイリス達は次から次へと沸いて出て来る魔物達の相手に手こずっていた。
「たぁっ!」
「──はぁっ!」
リアンとイトの一閃が二体の魔物の心臓を同時に貫き、そのまま薙ぎ切ったことで身体と分離させていく。
だが、その隙を突くように、死体となった魔物の背後からは別の魔物が襲い掛かろうとこちらに手を伸ばしていた。
アイリスはイト達の間合いに素早く滑り込み、そして下から上へと突き上げるような剣の突きを魔物へとお見舞いした。
魔物の顎はアイリスの剣によって串刺しになっており、動けない状態となっていた。
「浄化を!」
アイリスは魔物の顎から素早く剣を引き抜きつつ、三人は共に背後へと跳び下がる。
「──冷酷な業火!」
アイリス達の背後からは、この時を待っていたと言わんばかりに、クロイドによって形成された熱い炎の塊が弾丸のように飛び出してきていた。
その炎の塊は死体となった三体の魔物の身体に直撃すると、そのまま一瞬で燃やし尽くして、灰の姿へと変えていた。
やがて、炎は燃やすものが無くなったことで、ゆっくりと消えていく。
周囲に魔物の気配がないことを確認してから、アイリス達は剣を鞘へと収め直した。
「ふぅ……。とりあえず、この辺りの魔物は倒しきったかな」
「次に行きましょう、次。……その悪魔の気配はこちらの方向でいいんですよね?」
さすがは魔物討伐課で二人だけのチームとして活躍しているだけあって、イトとリアンの連携攻撃は水が流れるように鮮やかだった。
二人とも息がぴったりだと言えば、きっとイトは嫌な顔をすると思うので自分の心の中だけに留めておこうと思う。
「ああ、こっちだ」
出現した魔物を放置するわけにもいかず、アイリス達はハオスのもとへと急ぐ傍ら、魔物を討伐しながら進んでいた。
「そろそろ他の団員達にも『混沌を望む者』が発見された情報について出回っている頃だと思うけれど……」
どこもかしこも、魔物との乱戦が続いているため、手が空いている団員の方が少ないかもしれない。
それでも、ハオスを倒すことを優先しなければ、魔物は無限に沸いてくるだろうし、教団を囲っている結界が通常の状態へと戻ることはないだろう。
「とにかく、我々が先に悪魔を見つけた場合は奴を足止めしておけばいいんですよね? ……こちらの攻撃がどれ程、効くものなのかは分かりませんが、きっと一筋縄ではいかないでしょうね」
イトの表情が少しだけ歪んだように見えた。個人的にハオスに対して、熱い感情を持っているのかもしれない。
教団内を走っていたアイリスはとあることに気付く。この道がどこに通じているのか、知っているからだ。
「……クロイド、もしかして」
「ああ。……ハオスの気配はイリシオス総帥の塔がある辺りで止まったまま、動いていない」
「っ……。それなら、ハオスはイリシオス総帥を……!」
やはり、ハオスの狙いはイリシオスだったというのだろうか。塔全体に結界が張られていると言っても、絶対的に安全とは言えないだろう。
アイリスの心の中にはぶわり、と焦りのようなものが生まれていた。
だが、教団の結界に細工を施すことが出来たハオスのことだ。塔の結界にも何か仕掛けて来る可能性はあるだろう。
……普通の魔法使いが使うもの以上に難しい上級魔法をローレンス家に教わったというの?
ハオスの魔力も魔法も、並のものではないのは確かだ。もしかすると、こちらが対処しようのない魔法を放ってくることもあるかもしれない。
アイリスはぎりっと奥歯を噛みつつ、長剣の柄に右手を添える。
以前、クロイドともに悪魔『光を愛さない者』を魔具の中へと封印したことがあったが、あの時は運が自分達に味方してくれたことが大きいだろう。
もし、メフィストが万全の体勢で、力も全て回復しきっていたならば、あの頃の自分達に勝ち目はなかったかもしれない。
……あの時と同じ方法でハオスを封じることが出来るとは限らない。
悪魔を封じるための陣を描くことは出来るが、封じるための媒体は持っていない。また、封じる場合には悪魔をそれなりに弱らせなければならないが、ハオスを追い込むのは簡単ではないだろう。
そして、そもそもハオスは身体だけは人間だ。悪魔としての魂を人間の身体に括りつけているに過ぎないため、封じることは容易ではないだろうと察することが出来た。
……もしくは聖水をかけて、身体全てを聖なる炎で燃やし尽くす、か。
対処法を考えても、頭の中で上手く思考を巡らせることは出来ない。
……駄目よ、冷静にならないと。今はとにかく、ハオスの姿を見つけて、足止めをすることが先決だわ。
耳に入って来るのは遠くから響いて来る戦闘を行っている激しい音で、こうやっている間にも誰かが傷付いているのだろう。
それでも余所見をすることなく、アイリスは前だけを向く。ぐっと腹部に力を入れてから、滾る熱を密かに燃やし続けた。




