辿る気配
ハオスの気配を辿る途中で、アイリス達は魔物と交戦していた魔物討伐課のユキ・イトウとリアン・モルゲンと鉢合わせする。
彼らはちょうど、魔物を浄化させていた最中だったようで、こちらの気配に気付いたのか、すぐに振り返った。
「アイリスさん、クロイドさん……。お二人も無事だったんですね」
「イト! リアン!」
振り返ったイトは脇腹辺りが少し血で滲んでいた。もしかすると魔物の攻撃を受けてしまったのかもしれない。
彼女は灰色に近い白いシャツを着ているので、赤い染みがくっきりと浮かんで見えた。
アイリスがイトの腹部の血を見て、青ざめていると当の本人はすぐに首を振り返してきた。
「気にするほどの深い傷ではありませんよ。きちんと防御魔法はかけていましたし、薄皮一枚分の傷ですから」
「でもっ、でもっ、女の子が傷を負って、痕になっちゃったらさぁ~!?」
特に問題はないと冷静に説明をしてくれるイトの隣で、何故か号泣しそうな勢いでリアンが反論する。
傷を受けたイトよりも、涙と鼻水を流して酷い顔をしているリアンの方が怪我をしたのではと思える状況だ。
リアンがイトに縋りつくように訴えると、彼女は呆れていると言わんばかりの表情で返事を返した。
「傷痕なんて、今更ですよ。小さな傷が一つ増えたくらいで、どうということはありません。魔物討伐課に所属していれば、いつだって死と隣り合わせなんですから。いい加減に自覚して下さいよ」
「だって、痛いと思ったことは消えないんだよぉ~! イト、せっかく肌が白くて繊細で綺麗なのに……! これ以上、傷が増えちゃったらと思うと俺、心配で、心配で……!」
「うるさいです、リアン」
「ぎゃぅっ」
わぁわぁと騒ぐリアンの背中をイトは思いっ切りに足蹴にして、地面の上へと転がしていく。リアンはあっという間に身体中が砂だらけになっていたが、イトはそのまま無視をした。
「ふぅ、やっと静かになりました。私が傷一つ負ったくらいで、大げさなんですよ、リアンは」
イトはやりきったと言わんばかりの表情で、顔にかかっていた髪を耳へとかき上げた。
「それでアイリスさん達は急いでいるように見えましたが、どこかへ向かっている途中なのですか?」
アイリスとクロイドの様子に気付いていたようで、イトは静かな凪のような瞳で訊ねて来る。
「実は……」
アイリス達は先程、ブリティオンのローレンス家に属する悪魔「混沌を望む者」と鉢合わせしたことを告げ、彼が教団側にとって何か良くないことを企んでいるとイト達に話した。
イトは普段から無表情な状態が多いが、アイリス達の話に耳を傾けるとその表情は次第に嫌悪を表すようなものへと歪んで行った。
「……なるほど。前回、教団を襲った際と同じ悪魔が……」
イトの瞳は夜の海のように凪いでいたが、その奥に宿るものには熱がこもって見えた。
「分かりました。私達もその悪魔を討つ手伝いを致しましょう」
「……いいの?」
「ええ。これ以上、被害を増やすわけにはいきませんからね」
この先に待っているものは、決して怪我だけでは済まないだろう。もしかすると、命の危険が伴うことが待っている可能性だってある。
それでもイトは即答で答えてくれた。
「ありがとう……」
「どうか、気になさらないで下さい。教団に属している団員として、教団のために戦うまでですよ。……ほら、リアン。いつまで地面と仲良くしているんですか、さっさと起き上って下さい」
「うぅ……。イトが蹴り飛ばしたのに、酷いよぉ……」
リアンは半分泣きながら、ゆっくりと起き上って、服に付着した土を叩いて落とした。
「えっと、悪魔を倒しに行くんだっけ? そいつが居る場所は分かるの?」
こてんと首を傾げつつ、リアンは訊ねて来る。
「クロイドに気配を辿ってもらっているの。……あの悪魔が何かを起こす前に、止めることが出来れば良いんだけれど……」
すると、クロイドはハオスの気配を感じ取ったのか、すぐにどこかの方向へと険しい表情で振り返った。
「……居たぞ。こっちだ」
その場に緊張が走っていく。アイリス達はお互いに目配せしつつ、気配を辿るように走り始めたクロイドの後ろを追った。
「こっちの方向は……大図書館と研究室が置かれている棟と……そして、イリシオス総帥が居る塔の方向ね」
「ああ。……微かだが、ハオスが魔法を使っている気配も感じ取れた」
「うわぁ、クロイドってば、凄いんだな。一個人の魔力を見分けて、感じ取れるなんて、俺には出来ないよ」
走りながら、後ろからリアンが感心するような呟きをするとクロイドはすぐに首を横に振った。
「俺は少しだけ、感じ取る力が普通の人よりも高いんだ。……でも、ハオスの魔力は一度、感じ取れば嫌でも分かる程に濁っているけれどな」
「……」
アイリスは魔力を感じ取ることが出来ないため、クロイドがどのようなことを抱きつつ、魔力を感じ取っているのかは分からない。
隣を走っているクロイドをアイリスはちらり、と見やる。彼の表情は険しいままで、柔らかくなることはない。
……この一夜が明けたら、全てが何事もなく終わってしまえばいいのに。
胸の内側に宿っているのは、ハオスに対する怒りと焦燥。そして、自分にとって大事だと思っている人達が傷付かないで欲しいと心から願う想いだった。
それら全てを隠したまま、アイリスは毅然とした様子で真っすぐと前だけを見ていた。




