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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
愚者の旅立ち編
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重ねる拳

 

 怒りが身体中を侵食していく。冷静にならなければと自分の中の理性が訴えていても、この手があの悪魔の首を掻き斬りたいと震えていた。


 身体がどうにかなりそうな程に熱い。それでもアイリスは唇から血が出てしまう程に噛みつつも、何とか自制心を保った。

 漏れ出す息からは、熱が宿った気迫が吐かれる。


 どうすれば、自分は「混沌を望む者(ハオスペランサ)」という悪魔を殺すことが出来るのだろうか。視線で殺せる(すべ)さえあれば、きっと何度だって殺していた。


 途轍もなく憎くて仕方がなかった。湧き上がって来る熱をそのまま怒りという力で顕現することが出来ればいいのにとさえ思う。


「……ふっ」


 怒りを表に出さないようにと自制心で堪えるアイリスの姿を見て、ハオスは馬鹿にしたような表情を浮かべ、鼻で笑っていた。


「まだまだ、お子様だな、アイリス。お前の怒り一つで俺の首が獲れるなんて、そんな愚かなことは考えない方がいいぜ? ……どう足掻いたって、人間は悪魔には敵わない下種なんだからな」


 嘲笑いながらそう言ったハオスは、ぱちんっと指を鳴らした。


 瞬間、ハオスの足元から緑色に淡く光る魔法陣が出現する。転移魔法陣を使って、どこかへと移動する気だと気付いたアイリス達だったが、手を伸ばすにはすでに遅すぎた。


「さて、俺はそろそろお目当てのものを頂きに行かせてもらうぜ。お前らはせいぜい、この鳥籠の中でぴぃぴぃと喘いでいるんだな」


「ハオスっ……!」


 アイリスはスカートの下に忍ばせていた小型のナイフを掴み取ると、そのままハオスの首に向かって投げ放った。

 隣に立っているクロイドも瞬時に、魔法による氷の剣を空中に出現させ、すぐさまハオスに向けて放つ。


 だが、ハオスの身体はすでに魔法陣の中へと埋もれるように沈んでいき、二人が同時に放った刃は獲物を捕らえることなく、虚しく空を切ってしまう。


「──それじゃあ、またな」


 こちらに向けて、余裕ありげに手を振りつつ、ハオスの姿は完全に魔法陣の中へと消えて行った。

 その場にはまるで最初からハオスの姿など、そこにはなかったかのような静けさが漂っていた。


「くそっ……」


 ぎりっと奥歯を噛み締めつつ、クロイドは吐き捨てる。


 アイリスもハオスに対する怒りで身体中が満ちていた。だが、拳をぎゅっと握りしめて、指に爪を食い込ませることによって生まれた新たな痛みが思考を現実へと戻した。


 ここで自分達の力不足を惜しむ時間はない。

 次に打つ手を考えなければ。


 アイリスはすぐに長剣を鞘へと戻してから、クロイドの方へと向きなおった。


「クロイド、ブレアさんに伝達用の魔具を使って、ハオスを発見したことを伝えてくれる? 私達はこのまま、ハオスの気配を辿る、と」


 自分達が大人しくしていると思ったら、大間違いだ。ブレア達の協力も仰いで、この教団に混乱を招いたハオスを絶対に捕らえてやる。


「分かった」


 クロイドはブレアに手渡されていた伝達用の魔具に持参していた万年筆で素早く文字を綴っていく。そして白い紙に魔力を注ぎ、空中へと向かって投げ放った。


「──行け」


 クロイドの手元から離れた白い紙は瞬時に鳥の姿へと形を変えて、行き先であるブレアのもとへと飛び立った。白い鳥はすぐに小さな影となり、次第に見えなくなる。


 ……これ以上、被害が出る前にハオスを抑えないと。


 相手は悪魔だ。専門ではない自分達が簡単に敵う相手ではないと分かっているが、接触した以上、その足取りを辿って、奴の行く先を突き止めたかった。


「……アイリス、こっちだ」


「ハオスの気配が分かるのね」


「ああ、さっきよりもかなり濃くなっているから分かりやすいくらいだ。……どうやら、今までと違って魔力の気配を隠していないようだな」


 迷うことなく走り出したクロイドを追いかけるように、アイリスも走り始める。


「……それって、ハオスがわざと私達に気配を辿らせようとしているってこと?」


「……俺はそう思っている。罠の可能性もあるな。……それでも行くか?」


 クロイドは前を向いたまま、訊ねて来る。

 本音では行かせたくはないと思っているのかもしれない。だが、その言葉を言わない彼の優しさにアイリスは胸の奥を微かに痛めた。


「……行くわ。あいつの首を獲ることは出来ないかもしれないけれど、祓魔課の悪魔専門の団員が来るまで時間稼ぎをしようと思うの」


「……無理をするなよ」


「クロイドこそ」


 クロイドがアイリスへと左拳を向けて来る。アイリスは小さく笑ってから、右手で拳を作ったものを彼の拳へと重ねた。


 一瞬だけだが、二人が重ね合わせたことで新しい熱が生まれる。

 この熱を再び分かち合うために、自分達はもう一度、己を奮い立たせなければならない。


「……絶対に、ハオスの思い通りになんかさせないわ」


 下ろした拳にはまだ熱が残っている。ハオスへの怒りの熱はまだ冷めないが、それでも今は自分の中の冷静さが己の意思を保ってくれていた。


 一歩、一歩を踏みしめるようにアイリス達は走る。


 その先に何が待っていようとも──何が起きようとも。

 これが自分達の意思で選んだ、選択肢だった。

 

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