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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
愚者の旅立ち編
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炎の剣

 

 剣が、風を薙ぐ。

 自分がどんな一閃を描けばいいのか、アイリスには分かっていた。


 自分以外の景色がゆっくりと見える時、「斬り筋」が見えるのだ。その斬り筋を辿れば、確実に相手を仕留めることが出来るが、それが見えるのはごく稀だ。


 薄っすらと滑らかな線が宙に流れるように浮いている。アイリスはその線を辿るように刃を沿っていく。


 ……この一閃……!


 アイリスは足を踏ん張りながら、右から左へと思いっ切りに長剣を薙いだ。


「はあぁぁっ!」


 両手で柄を握りしめたことで、いつもよりも剣の勢いは増していた。

 アイリスの瞳と剣が捉えていたのは、魔物の首だった。そこに斬り込むようにアイリスは長剣を叩きつける。


「っ……!」


 長剣は魔物の首へと食い込むように突き刺さった。だが、首と胴体を切り離すにはまだ自分の力が足りていないようで、長剣は首の真ん中あたりで動きを止めてしまう。


「くっ……」


 アイリスは最大限の力を長剣へと込めて、力任せに少しずつ斬り込んで行く。


 ……あと、少しなのに……!


 あと十センチ程、斬り込めばいいだけなのに、そこには届かなかった。これ以上の力は出ない。まるで魔物の首に抑止する力が集中しているのではと思える程だ。


「アイリス!」


 クロイドの声にはっと気付いたアイリスは魔物の首に集中していた視線を周囲へと向ける。


 すると先程アイリスによって切り落とされ、両腕を失くした魔物の肩から、新しい腕が完全に生え揃ってしまう光景が目に入った。


 ……しまった!


 魔物の両腕はそのまま、アイリスの長剣を押し戻そうと指先が斬れることもいとわずに掴んでくる。


「ぐ……」


 長剣を掴まれたことで、首に斬り込みを入れることは次第に阻まれていった。このまま押し戻されてしまえば、せっかく斬り込んだ首の傷が再生してしまうだろう。


 ……どうすれば……。


 刃先を掴む魔物の力が次第に強くなってくる。この状態が長く続けば、押し戻されるのも時間の問題だろう。


「……アイリス、そのまま剣を構えておいてくれ」


「え?」


 後ろを振り向くことが出来ないアイリスは指示された言葉に一瞬だけ動きを止めたが、これ以上引き下がることがないようにと足と両腕に力を再び込め直す。


 クロイドの声が少しだけ低くなったと思えば、彼は一つの魔法を口から零した。


「……清浄を司る炎よ。清廉なる刃に赤き揺らめきを纏え。──炎舞の風(ヴァン・フレイム)!」


 クロイドから炎魔法の呪文が呟かれたと同時に、アイリスが手にしている「純白の飛剣」に熱が帯び始める。やがて、それは目に見えたものとなって顕現した。


「っ……。炎の、剣……?」


 クロイドはアイリスの純白の飛剣に魔法をかけて、炎を纏わせたのである。


 握っている柄の部分には炎は達していないが、それでも刀身に触れてしまえば、火傷どころではないだろう。それほどの熱が長剣から生み出されているようにも感じた。


「両腕は俺が斬る! アイリス、そのまま首を斬るんだ!」


 首が斬りやすくなるようにとクロイドは自分に炎を与えてくれたのだ。アイリスはそのことに感謝しつつ、柄に力を入れ直してから、押し戻されそうだった長剣で再び魔物の首へと斬り込んで行く。


 長剣に纏っている炎が赤く揺らめくたびに、肉が断つ音と感触がアイリスへと伝わってくる。


 長剣を押し返そうとしていた魔物の両腕は次第に炎に焼かれたが、自身の肉を焦がすことになっても、その場から動こうとはしなかった。


「──風斬り(ヴァン・ラーマ)!」


 だが次の瞬間、アイリスの後方から風の刃が二本、正確な軌道を描きつつ、魔物の両肩を切り裂いていく。


 風魔法で両肩の支えを失った両腕はそのまま、だらん、と力なく足元に向かって落ちていったが、アイリスは横目に見ることなく、真正面だけを見つめていた。


 押し返す力はなくなった。

 腕が再生する前に、最後にもう一度──。


 熱いという感覚さえも忘れてしまいそうな一瞬だった。

 ただ、目の前の魔物の首を斬り落とす。それだけのために、この一振りを自分は振るう。


「っ──!!」


 言葉にならない気迫が含まれた声を上げつつ、更に熱を帯びる長剣でアイリスは魔物の首と胴体を切り離した。


 肉を完全に断つ感触が、確かに手に残る。宙に浮かんだ魔物の首はそのまま、ボールを放り投げたように飛んで行った。


 ……まだ、終わっていない!


 アイリスはその場に残された胴体に見向きもせずに、宙を舞う魔物の頭に向かって、炎を纏う長剣を槍のように突き刺した。


 ずしゃっ、と鈍い音が響き、何かが壊れる音がする。長剣を覆っている炎が突き刺している魔物の頭に燃え移り、やがて松明のように激しく燃え始めた。


 アイリスはその状態のまま、魔物の頭が突き刺さった長剣を地面に向けて思いっ切りに振り下ろす。


 ばきっと響いたのは恐らく頭蓋骨が割れた音だろう。それまで魔物の形を取っていた頭は次第に炎に飲まれて原型を崩していった。


 ……この魔物は、魔物だったのかしら。それとも……。


 それ以上を考えることをアイリスは止めた。だが、それでも塵となっていく魔物の頭を逸らすことなく見つめ続ける。


 やがて塵となって空気中に消えて行った魔物の頭に連動するように、両腕を失った胴体も少しずつ形を崩すように塵となっていく。

 まるで最初から中身は何も入っていなかったような最期の姿にアイリスは目を細めた。


 ……魔物に同情は出来ない。けれど……。


 この魔物に未熟な不死を与えた者を自分はきっと許すことは出来ないだろう。それだけは確かだと思えた。

 

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