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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
愚者の旅立ち編
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手応え

 

 アイリスは血の匂いが嫌いだ。恐らく、血の匂いを嗅ぎ、その色を見てしまえば、家族を失った日のことを思い出してしまうからだろう。

 それでも、自分のこの手は新しい赤い水溜まりを生み出してしまうのだから、皮肉なものだ。


 この匂いと色こそが、自分の中に潜めたはずの残酷な部分を引き出してしまう。

 たとえ、自分自身がそれを望んでいなかったとしても。


「……」


 静寂とは言い難い空気がその場には漂っていた。


 遠くからは他の団員が別の魔物と戦闘を行っているのか、激しい音が響いて来ていた。誰しもがこの教団内で戦っているのだろう。

 自分達と同じように、想像以上の敵と対峙している団員もいるかもしれない。


 アイリスはもう一度、「青嵐の靴(ブルゲイルブーツ)」の踵を三回鳴らした。


 長剣を握る右手は震えてはいないようだ。握力がしっかりとしていることを確認しては深い息を吐く。

 大丈夫だ、自分の身体は強張ってなどいない。


 ……何だか、魔物討伐課に所属していた頃の自分を思い出してしまうわね。


 魔物と対峙する時の自分はいつだって、激しい怒りの熱に支配されていた。

 魔物は全て敵。それが自分の中の認識だったからだろう。


 だが、今の自分は割と冷静な部分が気持ちを占めている気がした。それはきっと、すぐ傍に頼りになる上に、自分の心の支えである大切な相棒が居てくれるからだ。


 クロイドが居るからこそ、自分は何も怖くはないし、真っすぐに立っていられる。


 弱くなったと思う部分もあるかもしれないが、自分はクロイドの隣に立つと、言い表しようのない安心感を得られる気がしてならなかった。


「……」


 アイリスは相手に隙を与えないように注意しながら、じっと魔物を観察してみる。


 敵の弱点を知っていたとしても、必ずしも攻撃が上手くいくとは限らないと分かっている。

 たとえ、一撃で相手を(ほふ)ることは出来なくても、動きを押えることは出来るはずだ。


 ……痛みを感じない、というのは本当に厄介ね。


 痛みを感じなければ、相当の無理をしても身体に影響は出ないのだろう。

 しかも、再生能力を持っているため、首を切断した瞬間に浄化の炎で身体を燃やさなければ、再生してしまう可能性だってあるのだ。


 ……こんなところで、足止めされている場合じゃないのに。


 だが、目の前に現れた魔物を放置していくことなど、自分には出来ない。アイリスは気合の入った息を短く吐いてから、地面を強く蹴った。


 砂利を踏む音と跳躍する音が重なり、その場からアイリスの姿は一瞬にして消え去る。


 魔物はアイリスが頭上へと跳んでいることに気付くのが遅かったようで、その視線を迷わせているようだった。


「──はぁぁっ!」


 空中へと跳び上がったアイリスは重力に逆らうことなく、長剣を構えたまま落下していく。長剣の刃先を真下に向けて、アイリスは魔物の脳天へと思いっ切りに突き刺した。


 突き刺した刃は堅いものを抉ったような鈍い音を上げたが、アイリスは思わず舌打ちしてしまう。


 ……頭蓋骨に傷を入れた手応えはあるのに、この魔物が「死んだ」手応えは感じられない。


 頭蓋骨の奥に突き刺さった手応えははっきりと感じ取れたが、それだけだ。やはり、頭部と身体を切り離して、頭蓋骨を破壊するしかないのだろう。


 魔物の頭の上に片足だけで着地していたアイリスだったが、次の瞬間、魔物はその身体をぐいっと前方に揺らすように大きく振りかぶったのである。


「っ!」


 アイリスはすぐに長剣を魔物の頭から引き抜きつつ、軽く跳躍してから距離を取り、地面の上へと着地した。


 だが、魔物もアイリスの動きを把握していたようで、着地した瞬間を狙っていたのか、すぐさま攻撃を仕掛けてきたのである。


「ガァッ──」


「っ……、この……!」


 アイリスは頭を掴む勢いで右手を伸ばしてきた魔物の腕を、長剣で下から上へと振り上げるように薙いだ。


 瞬間、アイリスの長剣は魔物の右腕を切り落とし、振り上げた長剣でそのまま魔物の左肩ごと切り落とした。


 案の定、痛みを感じることはないのか、魔物が絶叫を上げることはなかった。もしかすると腕を斬られたことも認識出来ていないのかもしれない。


「……アイリス、跳べ!」


 クロイドの声に従うようにアイリスはすぐに地面を強く蹴って、魔物の頭上へと跳び上がった。


「──氷の女神、グラシスに乞う。今ここに、汝が力、顕現したまえ。凍る鉄の盾フリーレン・フェルシルト!!」


 氷魔法の呪文をクロイドは早口で唱え、すぐさま魔物の足元へと放つ。


 先程よりも魔法の威力は高いようで、足元から張り巡らせるように覆っていく氷は瞬時に魔物の腰辺りまで伸びて行った。


 アイリスはその光景を空中で眺めており、クロイドの的確な援護に感謝しつつも、剣を構えながら氷の上へと着地する。


 両腕を失った魔物の肩からは新しい腕が生えつつあったが、それよりも早いのはクロイドの氷だった。


 絶対に魔物が動けないようにと魔力を注ぎ続けているようで、魔物を覆う氷は次第に分厚いものとなっていき、まるで氷像のような姿へと変わっていく。


「行け、アイリス!」


 クロイドの声が背後から聞こえて来る。彼が作ってくれたこの好機を逃すわけにはいかない。

 アイリスは躊躇うことなく長剣の柄を両手で握りしめて、そして、大きく一歩を踏み出した。

 

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