表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
愚者の旅立ち編
643/782

未熟な不死者

 

 じりじりと魔物が距離を詰めてくる。アイリス達は初めて対峙する魔物に対して、どのような攻撃が効くのかを頭の中で瞬時に巡らせていた。

 しかし、考えがまとまる前に思考は中断される。


「っ、来るぞ!」


 クロイドが叫んだと同時にそれまで間合いを計るように動いていなかった魔物が右足を前へと出して、勢いを付けたまま飛び出して来たのである。

 まるで人間のように動く魔物だと、感心している場合ではない。


「ガァアッ……」


 言葉ではない声を上げつつ、魔物は血に濡れた黒毛の大きな右手を振りかぶったまま、こちらへと向かって来ていた。


 アイリスは素早く「青嵐の靴(ブルゲイルブーツ)」の踵を三回鳴らして、焦ることなく淡々とした様子で地面を強く蹴り上げる。


 やはり、自分の身体には戦闘を行う際の動きが無自覚に染み付いているようだ。


 ふわり、と身体を空中に浮かせつつも、アイリスは突撃してきていた魔物の背後に着地し、それから振り返ることなく、長剣で真後ろを突き刺した。


 分厚い肉を突き刺す感触が剣越しに伝わってくるが、それでも相手が絶命したという手応えは全く感じられない。


 ……それどころか、妙な感触だわ。


 アイリスは長剣をすぐさま引き抜いてから、跳ぶように魔物から距離を取った。対峙している相手が、得体の知れない場合はあまり深追いしない方が良い。


「アイリス、伏せろ!」


 クロイドの声が聞こえたため、アイリスはすぐに体勢を崩すように身を屈めた。


「──凍てつく氷剣フリーレン・グラスパーダ!!」


 瞬間、アイリスの頭上に、空気中の水分を凝結して形成された氷の剣が乱舞するように放たれる。


 氷剣はそのまま魔物の身体に激しい音を立てながら突き刺さっていき、やがて魔物の膝は地面に付くように折れて行った。

 

 だが、これだけで終わるはずはないとアイリスは直感的に察していた。


 案の定、アイリスの考えの通り、魔物は身体中に氷剣が刺さっているにも関わらず、ゆらゆらと漂うような動きで立ち上がっていく。


「……この、魔物は……」


 魔物の異常さに、アイリスはごくりと唾を飲み込む。こちらを振り返った魔物の胸部には、背中から突き通った氷剣が半分以上、目に見えて刺さっていた。

 心臓を突き刺していると明らかに分かる状態なのに、それでも魔物は動き続けている。


「そんな……」


 クロイドも目を見開き、この状況の異常さを受け入れきれないでいるようだった。


 この魔物は普通の攻撃の仕方では死なない。それどころか、急所とも言える心臓を貫いても動いていられる身体を持っている。

 そんな身体を持っている者を何と呼ぶのか、アイリスは知っていた。


「……不死者(ふししゃ)


「何だと?」


「生ける屍とも呼ばれているわ。未熟だけれど、ある種の不死を持つ者よ。もちろん、正しい不死ではないから、その身体が傷付こうとも朽ちようとも、動き続けるらしいけれど……」


「……そんな生き物が存在しているというのか」


「私も実物を目にするのは初めてよ。……不死に憧れた者が辿る末路とも言われているけれど、この魔物はその実験台にでもされたのかしら」


 アイリスは魔物の血が付着した長剣をそのまま魔物へと向けながら、距離を取った。


 アイリスとクロイドの攻撃は魔物にはあまり効いていないようで、奴は何事もないように動いているだけである。


 ……未熟な不死者が相手だなんて、想像以上に厄介だわ。


 たとえ、禁魔法に指定されているのだとしても、不死を求めて、密かに研究している者達がいるのは古代も現代も変わりはしないだろう。


 だが、その過程で生まれてしまった未熟な不死者はある意味、禁忌な存在である。

 研究の過程で生まれてしまったその存在を隠すために、誰にも覚られることなく処理されていくという暗い話を資料として読んだことがあった。


 もちろん、不死の作り方などは記載されていなかったが、不死者への対処法はその書物に記されていたため、必要なこととしてアイリスは覚えていたのである。


「身体は不死に近いものだとしても、奴の意識は一体どうなっているんだ?」


「もう、すでに意識は壊れてしまっているのかもしれないわ。でなければ、痛覚を感じることが出来るはずだもの」


 痛みはある意味、制御の役目を担っている。人間で例えるならば、その身に及ぶ危険を知らせるための危険信号と言ったところだろう。


 しかし、目の前にいる魔物には感覚というものが備わっていないようで、いくら攻撃しても、確かな手応えなどは感じられなかった。


 それは未熟な不死であるため、痛みの制御という枠組みから外れてしまった身体を持っているからかもしれない。


「厄介だが、何となく可哀そうな存在なんだな、不死者は……」


「そうね。……でも、倒し方がないというわけではないわ」


「そうなのか?」


 クロイドは視線を魔物から逸らさずに、アイリスへと訊ねて来る。


「未熟な不死を持った者を倒すには、頭部を身体から切り離すか、頭蓋骨を破壊すればいいと何かの書物で読んだの」


「頭部を……」


「そして、あとは浄化の炎で塵を残すことなく燃やし尽くさなければならないらしいわ」


 本当に書物に書かれていた通りの対処法でこの未熟な不死を持っている魔物を倒すことが出来るとは限らない。

 それでも、やらなければ他の団員達に被害が出ることは確かだろう。


「……私が魔物の頭を切り落とすから、クロイドは魔物の注意を引きつけつつ、私の援護をしてくれる?」


「分かった。だが、深追いはするな」


「ええ」


 アイリスはふっと、短い息を吐きつつ、長剣で空気を斬った。

 風を斬る音は曇ってはいない。呼吸だって整えてある。


 相手が例え未熟な不死を持っている魔物だとしても、絶対に逃げるわけにはいかない。


「……ここから先には行かせないわよ」


 腐った匂いと血が混じったような空気がその場に漂っていても、アイリスの表情は氷のように引き締めた冷たさが浮かんでいた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ