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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
愚者の旅立ち編
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異質な魔物

 

 魔物との戦闘準備を整えてから、アイリス達は再び人の姿にも見えるような魔物と対峙する。


 対峙している魔物の身体は黒く爛れた毛で覆われているが、その身体は血で濡れているのか、黒毛から落ちた雫が地面に斑点を描いていた。


 ぼとり、ぼとりと血を滴らせる生々しい音を立てつつ、魔物は二本足で近づいてくる。それはまるで、この世ならざるものが彷徨っている姿にも見えた。

 その姿を見ているだけで、つい顔を顰めたくなってしまう。


「……あの魔物、身体が腐っているぞ」


 クロイドは顔を強く歪ませていたが、視線を逸らすことなく、右手を前方へと構え続ける。

 アイリスはじっと、魔物の瞳を睨みつつ、相手に隙を与えないように気を張っていた。


 血走っているような鋭い目付き、口から零れる息と涎、そしてどちらから食らおうかと自分達を見定めている魔物に対して、アイリスは異質なものを感じ取っていた。


「……まずいわね」


「何だ?」


「あの魔物……。多分、人間の血と肉の味を覚えているわ」


「っ……」


 クロイドの表情が更に強張ったものへと変化する。アイリスは握りしめている長剣の刃先を真っすぐと魔物へ向けたまま隙を見せない態勢で言葉を続けた。


「今まで、何度か人間の味を覚えた魔物と戦ってきたことがあるけれど、それらの魔物と同じ瞳をしているわ。……食べたのは数人どころではないでしょうね」


 もしかすると、ハオスが無理矢理に人間をこの魔物に食べさせた可能性もあると口から出そうになったが、アイリスは零さなかった。


 ただでさえ、吐き気がするほどに気分が悪いというのに、これ以上気分が病むことを口には出したくはなかったからだ。


「……どうりで奴から、吐き気がするほどの異臭が匂ってくるわけだ」


 嫌悪を前面に出した表情を浮かべつつ、クロイドは魔具の手袋をはめた右手から魔法を繰り出した。


「──束縛せよ(リストレクション)


 相手の動きを止める魔法をクロイドは遠慮することなく、すぐさま魔物へと放った。

 クロイドの魔法によって、今にも飛び出して来そうだった魔物は、身体の動きをぴたりと止められたことで動けない状態になった。


冷酷な(クルエルド)……」


 そして、クロイドがそのまま、魔法の炎で魔物の身体を燃やそうとした時だった。

 嫌な気配を感じ取ったアイリスだったが、それを目に見えたものとして察知することはできなかった。


「ッ──!」


 瞬間、目の前には自分の瞳を疑いそうになる光景が映っていた。それまで動けなかったはずの魔物が金切り声を上げながら、クロイドの束縛魔法を瞬時に解いたのである。


「なっ……!?」


「っ!?」


 普通の状況ならば、絶対的に有り得ない光景にアイリス達は絶句していた。


 魔法使いによってかけられた魔法を魔物が自ら解くことなど、今まで聞いたことはない。

 もちろん、教団内で共有される情報だけでなく、資料にも載ってはいなかった。つまり、アイリス達にとっては初めての状況だったのである。


「っ、凍る鉄の盾フリーレン・フェルシルト!」


 ふしゅっ、と耳を背けたくなる音を立てながら二本足でこちらへと近づいてくる魔物に向けて、クロイドは氷魔法を放った。

 これは地面を氷上へと変えて、相手の足場を凍り付かせることが出来る魔法だ。


 魔法の効果はすぐに表れ始め、魔物の足元は透明な氷によってすぐに凍てついていく──はずだった。


 バキッッ──!


 アイリスとクロイドの瞳には目の前で血飛沫が飛び交う光景が映っていた。

 現実だというのに、生々しい光景はあまりにも悍ましく、身の毛がよだつものだった。


 再び、バキッ、と骨が折れるような激しい音と血飛沫を立てながら、魔物は凍っている自らの足を無理矢理に動かしつつ、一歩、前へと進んでいた。


 その足は氷上に置き去りにされるようにもがれており、そこからは赤黒い血が漏れ出ていた。氷上に赤黒い血が広がっていき、やがて氷は蒸発するように溶けて行く。


 クロイドが作った魔法の氷を溶かすことが出来るなど、誰が思っただろうか。

 ただ、魔物の血が触れただけだというのに、氷はあっという間に消え去り、元々あった地面がそこには見えていた。


「……こいつに痛覚は存在していないのか?」


 クロイドは顔を引き攣らせながら、一歩、後ろへと下がった。

 アイリスも目の前で起こった異常な悍ましさに、思わず左手で口を押えてしまう。


 動けなかったにも関わらず、無理矢理にもがいて動いたことで両足を失った魔物の身体はそのまま倒れるかと思ったが、次の瞬間、千切れていた部分から突如として二本の足が生えてきたのである。


 その二本の足により、魔物は再び何事もなかったように立ち上がっていた。一方で、持ち主を失くした二本の足はそのまま塵のように消え去っていく。


「っ!?」


「再生しただと……!?」


 直感的にこの魔物は通常の魔物とは何かが違うと覚っていた。クロイドの魔法が効かないことや再生能力が異常に早いことだけではない。


 ただ、自分の中にそれまで培ってきたものが「この魔物は何かが違う」と訴えていた。


 どくり、と心臓が嫌な音を立てながら高鳴っていく。早く倒さなければ、この魔物による被害が出てしまうだろう。


 だが、身体が千切れることも構わずに、こちらを獲物として見据えてくる魔物に対して、アイリスは冷や汗が身体の奥底から湧き出ている気分だった。


 普段と同じような通常攻撃は効かないかもしれない。

 アイリスが剣で連撃したとしても、それ以上に速い再生能力を持っているならば、簡単に討ち取ることは出来ない。


 生まれそうになる焦りと恐れを感じつつもアイリス達は魔物を見据えたまま、静かに唾を飲み込んだ。

 

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