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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
裏の教団編
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贈りもの

  

 夕暮れの時間に合わせて、アイリスとクロイドはロディアート時計台へと上った。


 一番上にある展望台までは全ての階段を登り切らなければならず、年を召した人で上っている人はいなかった。

 周りも若い人達ばかりが時計台から真下に広がるロディアートの街並みを眺めていたが、それでもアイリス達よりも年が上だと思われる夫婦が何組かいるだけだった。


 日が沈みかけているので、空気は幾分か涼しい気もする。


「今日は幸運だったわね。この場所、いつもは恋人達で人気なのよ」


 展望台の欄干に手を置いて、アイリスは小さく笑いながらとある方向に向けて指をさした。


「ほら、あっちが教会よ」


「……本当だ。教会だけしか見えないようになっているんだな」


 サン・リオール教会の白い壁が夕暮れの色に染まっている。

 しかし、その奥にあるはずの「嘆きの夜明け団」の本部は外部から見えないようにと不可視の魔法がかけられているらしく、部課が置いてある建物などは全く見えなかった。


 そういえば、こういう風に外から教団本部を見るのは初めてだろう。いつもあの建物の中で日々を過ごしているというのに、遠く離れた場所から見ているだけで何となく寂しさが感じられた。


 夕暮れに吹く風は少しだけ涼しく、そして撫でるような優しさもあった。


 ……綺麗ね。


 穏やかな気持ちで夕日を眺める心の余裕は今までだったら、持っていなかっただろう。

 自分の心に余裕が持てるきっかけを与えてくれたのは全部、クロイドのおかげだ。そんな彼が今、隣にいる。


 夕日を見つめる横顔は、まるで物語から切り取った一つの場面のように美しく、そして儚くも見えた。


 アイリスの視線に気付いたのか、クロイドがこちらへと振り返る。しばらくの間、お互いに無言で見つめ合った。

 彼も言葉を探しているのか、それともただ、見つめているだけなのか。


 きっと、自分の身体が熱く感じるのは夕日のせいだ。夕日に当てられたのだ。

 でなければ、彼を見ただけで、こんな風に胸の奥が熱く、ざわめく事はないはずだ。


 先に視線を逸らしたのはアイリスだった。これ以上は、クロイドの黒い瞳を見つめることに耐えられなくなったのだ。


 すると、クロイドは何かを思い出したように上着のポケットから小さな紙袋を取り出す。


「……これを渡そうと思っていたんだ」


「え?」


 クロイドは小さく呟くと突然、アイリスの右手を握りしめ、そして紙袋から出されたものを掌に載せて来たのである。

 だが、アイリスは掌に載せられた冷たく固い感触に思わず息を飲んだ。


「今日は色々と教えてもらったから、そのお礼として貰ってくれないか? ……まぁ、俺も風習に乗ってみたくなったんだ」


 掌に転がっていたのは、反射するほど黒く美しい雫型の石だった。いつの間に彼はこの石を買っていたのだろうか。ずっと一緒に居たのに、全く気付かなかった。


「一応、魔力も込めてみた。込めただけのただのお守りだと思っていてくれ。……アイリス?」


 返事が上手く出来なかった。


 誰かに願いを込められたものを渡されると思っていなかったのだ。そして、何かを贈られることもなかった。


 雫型の石はきらきらと夕日の光を反射させる。クロイドの瞳と同じ色の石が、自分を見ている。そう、自覚するだけで、どうしてこれほどまでに心の奥底が喜びで湧き上がってしまうのだろうか。


 ……こんなにも嬉しいものだったのね。


 ぎゅっと黒い石を握りしめて、アイリスは顔を上げる。


「ありがとう、クロイド。大切にするわ」


 思わず涙が出そうになるのを堪え、満面の笑みで答える。アイリスの笑顔にクロイドもどこか安堵したような笑みを浮かべて頷き返してくる。


 贈られた首飾りを首から下げると白いブラウスによく映えて、輝いて見えた。

 その輝きはきっと、彼の願いが込められている証だ。


「ねぇ、クロイド。あなたはこの石に何を願ったの?」


 首に下げた石に触れながらアイリスは上目遣いで訊ねる。

 そこで初めてクロイドの表情が戸惑いへと変わった。


「ん……。それは、まぁ……」


 言葉を濁しながら、視線を逸らすクロイドにアイリスは少し意地悪い笑みを浮かべて、右肘で彼の横腹を突く。


「あら、教えてくれないの?」


「……それならアイリスだって、この石を渡す時に何かお願いしていたじゃないか」


 クロイドは胸元に下がっている空色の石を見せながら、抗議するようにアイリスに向けて目を細めてくる。


「それは秘密。話したら、願い事が叶わなくなっちゃうわ」


「ずるくないか……。まぁ、いいか」


 仕方ないと言うように溜息を吐き、お互いに小さく笑い合って、再び夕日へと目を向ける。


 もう少しだけでいい。 

 この夕日が沈み切るまででいいから、二人で同じ時間を過ごしていたい。


 胸元に下げられた黒い石を愛おしく眺めながら、アイリスは西に沈んでいく光に身体を預けていた。

    

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