魔物の正体
魔物を浄化し終えてから、アイリス達は周囲を注意しつつ、三人で魔具調査課に向かうことにした。
その途中、建物内の廊下に魔物が出現することもあったが、アイリス達は適切に対処しつつ、怪我をすることなく、魔具調査課へと戻ることが出来た。
魔具調査課の扉を開ければ、その場にはナシルとミカ、そしてブレアの三人が真剣な面持ちで何かを話していた。
だが、アイリスとクロイド、ライカが入室すると彼らの表情は一気に安堵したものへと変わっていく。
「良かった、ライカも無事だったんだね。部屋に迎えに行ったけれど、不在だったから心配していたんだ」
ライカと同じ身長くらいのミカが駆け寄ってきて、どこにも怪我がないかを確かめ始める。
「すみません、お手数をおかけしてしまって……。でも、途中でアイリス姉さん達と合流したので、何とか無事です」
「それなら良いんだ。……ライカには悪いけれど、教団内で起きている騒動が収束するまで魔具調査課内に待機してもらうことになるけれど、構わない?」
「はい」
こくり、と頷き返すライカだが、内心では自分も役に立ちたいと思っているのだろう。
だが、私情を挟んで、自分も何か役に立ちたいと告げない彼のことをアイリスは優しい子だと思っていた。
「アイリス、クロイド。結界の方はどうだった」
ブレアはすでに何かに気付いているようだが、それでもあえて訊ねて来る。
アイリス達が結界の様子を見に行った際のことを詳しく話すと、ブレアだけでなくナシル達の表情も険しいものへと変わっていった。
「……結界が全てのものを通さない異常事態が起きているということか」
「そのようです。ちょうど、門の向こう側に別の団員が居たようですが、外側からも通れないと言っていました」
「そんなの、まるで結界の中に私達が閉じ込められているみたいじゃないか……」
ナシルは渋い顔をしながら溜息を吐く。誰もが予想していない事態が起きているため、対処方法に迷いがあるのだろう。
「ブレアさん、結界を一度、破壊することは……」
クロイドの提案にブレアは首を横に振り返す。
「教団を覆っている結界はエルベート黒杖司や結界魔法に秀でた魔法使い達によって築かれているものだ。私の全力を注いだとしても、ひびを入れることも出来ない程に強固だろう。長時間、攻撃し続けたとしてもこちらの魔力が先に枯渇しかねない」
「そんな……」
教団では指折りの剣士として有名なブレアでさえ、教団の結界を破壊することは難しいらしい。
「結界は多数の魔法使い達によって、組み立てられている魔法の結晶だ。解除するためには結界を形成した者でなければ、解けないだろう。破壊するならば、それこそ教団の団員全ての力を合わせて破るしか方法はない」
つまり、どちらにしても結界を解くことは現実的ではないようだ。
「そうなると、結界に妙な細工を施している相手の魔法を相殺させるしか方法はないだろうね」
ミカは魔具の万年筆をくるくると指先で回しつつ、ぼそりとそう言った。
「そうだな。だが、教団を襲っている者が誰なのか、まだ掴めない以上は……」
ブレアがそれ以上を告げる前に、クロイドがすっと手を挙げたため、その場に居る全員の視線が彼の方へと注がれていく。
「先程、魔物と交戦しましたが……。その際に、ライカが相手の魔物の正体を知っていました」
「何?」
クロイドはライカに言わせたくはなかったのだろう。自らが注目される形を取って、言葉を続けた。
「ライカは魔力を宿したことで、魔物の声を聞き取ることが出来るようです。……魔物と対峙した際、ライカは相手の魔物がオスクリダ島で数ヵ月前に行方不明になった知人だと告げました」
「っ……」
「そんな……」
その場に激しい動揺が広がっていく。ナシルとブレアの顔は強張っており、ミカは青ざめた表情を浮かべていた。
ブレア達がゆっくりとライカに視線を向ける。彼はその通りだと言うように首を縦に振り返した。
「……他にも、人間の言葉を持っている人は確かにいました。本物の魔物の方が数は多いように感じましたが、その中に混じるように……人間だった魔物がいたんです」
「……」
ライカの言葉に、室内には重たい空気が流れて行く。
ぼすん、と音がした方に視線を向けて見れば、ナシルが呆然とした様子でソファの上に座り込んでいた。
「何という、おぞましいことを……」
ナシルは右手で頭を抱えつつ、ライカが告げたことにどう答えればいいのか分からないでいるようだった。
「……ライカの言葉が確かならば、俺達は以前まで人間だった魔物を相手にしなければならないということだよね?」
普段は表情が動かないミカだが、今の彼には目に見えた動揺が窺えた。
「そんなの一体、どうすればいいって言うんだよ……」
ミカもナシルの向かい側のソファに気が抜けたように座り込む。
彼らも理解したのだろう、元はとは言え、「人間」を討伐しなければならないと。
「……アイリス。斬ったのか」
ブレアが眼鏡の下から、凪のように静まった瞳でアイリスを見て来る。彼女はアイリスがどのような気持ちで剣を握ることになるのか、知っているのだろう。
「……斬りました」
だからこそ、アイリスは真っすぐと背を伸ばしたまま、答えるしかなかった。




