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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
愚者の旅立ち編
637/782

灰色

 

 長剣から伝わってくるのは、肉を断つ感触だった。慣れているはずなのに、慣れない気がするのは自分の背中へと注がれる視線があるからだろう。

 

 ……右から来る。


 牙を持った豚のような魔物がアイリスに向かって突進してくるのを軽く跳躍してから避ける。


 アイリスが跳躍した先にはクロイドによって形成された結界が壁のように出現し、それを足場にしてから再び跳躍した。

 一回転しつつ、アイリスは牙を持った魔物の頭へと長剣で突き刺した。


「──ッ!」


 重いものに潰されたような声を上げつつ、魔物は絶命していく。アイリスは魔物の上から飛び降りつつ、次の魔物に向かって突っ走っていった。


 ……何だかんだ言っても、やっぱり私は魔物を殺すことしか出来ない。──壊すことしか、出来ない。


 魔物と対峙している時、無意識だとしても、次にどのような動きをすればいいのか、分かってしまうのだ。


 そのことは褒められるべきことかどうかは分からない。ただ、刃を一閃薙ぐたびに、自分の中の何かが削げ落ちて行くことだけは感じ取れていた。


「アイリス、真上だ!」


 クロイドが叫んだ声に従うようにアイリスは一メートル程、横に素早く移動する。


 気付けば、自分がそれまで居た場所には大きな石の塊が土にめり込むように転がっていた。


 視線を巡らせていけば、少し離れた場所からこちらに向けて石を投げようとする猿に似た魔物の姿を発見する。

 魔物は教団の建物を無理矢理に破壊して、それを砲丸のように使っているらしく、教団の建物はすでにぼろぼろになっていた。


「知性は持ったままなのかしら」


 いや、もしかすると無意識なのかもしれない。

 人間の場合、物事を行う上で手順や効率というものを考えて行動するが、魔物も同じとは限らない。


 だが、相手は「元人間」の可能性がある魔物だ。人間だった頃の知性を活かした攻撃をしてきてもおかしくはないだろう。

 たとえそこに、人間としての「自我」が存在しなくても、魂に刻まれているものまで失われてはいないのかもしれない。


 アイリスは長剣を片手で構えて、間合いを計り始める。

 その間、他の魔物の相手はクロイドが一人で請け負ってくれていた。


「……」


 じりっと、アイリスの右足が土を踏む音が微かに響いた。

 猿型の魔物もこちらの動きを窺っているようで中々、自ら動こうとはしない。


 しかし、静けさが続いたのは一瞬だった。猿型の魔物はアイリスの頭程に大きな石の塊を思いっきりに振りかぶってきたのである。


「……!」


 頭上から自分へと放り投げられた石の塊は弧を描きつつ、アイリスへと降って来る。

 だが、アイリスは自分へと向かって来る石の塊が囮だということに気付いていた。


 猿型の魔物が石の塊を投げた瞬間、助走を付けることなく、足を踏み出したのが視界の端に見えていたからだ。


 意識を移すために石の塊を囮にして、魔物本体が襲ってくるつもりだと気付いたアイリスは頭上から降ってくる石の塊に見向きすることなく、地面を強く蹴った。


 頭を微かに石の塊が掠っていき、背後からは地面に接触した大きな音が聞こえて来る。それでもアイリスは止まることなく真っすぐに駆け抜けていく。


 ……来る!


 目の前には猿型の魔物がこちらに向かって突進してきていた。アイリスは構えていた長剣を一度、後ろへと引いて──そして、槍の如く魔物の頭を貫いた。


「──ッ!!」


 響いたのは絶命の音。アイリスは手に残る歪な感触に侵食されてしまう前に、長剣を横へと薙いだ。


 ぼとり、と魔物の首がその場に落ちても、それ以上を視界に留めることなく、アイリスはまたすぐに動き出す。

 

 自分は壊すことしか出来ない。

 殺すことしか出来ない。


 けれど、この手で守れるならば。

 それならば何度だって、この剣を赤く染めてみせよう。


 息をすることさえ忘れたように、アイリスは刃を振るい続ける。クロイドの援護もあり、それまで自分達を囲っていた魔物は十数分足らずで殲滅した。


「……」


 アイリスは長剣に付着した魔物の血液をハンカチで拭き取ってから、鞘へと納め直す。数えきれない魔物を殺したというのに、アイリスの身体には返り血さえ受けてはいなかった。


 視線を別方向へと向ければ、その場に赤い水溜まりが広がっていた。


 この血は誰の血なのだろうか。

 人間なのか、それとも魔物なのか。


 だが、それ以上を思考することを止めて、アイリスは赤い水溜まりを避けながらクロイド達のもとへと戻った。


「……クロイド、ライカ。怪我はない?」


「ああ、無事だ」


 返事を返したクロイドに続くようにライカもこくり、と頷き返す。だが、彼の視線は揺らいでおり、気を抜けば泣きそうな程に表情が強張っていた。


「ライカ……」


「……僕なら大丈夫です。……僕達を敵と認識しているならば、こうやって敵対することは仕方がないことですから。でなければ、躊躇した方が死んでしまうんでしょう、この世界は」


 それは人間へと戻ることが叶わなくなった者達に対する言葉のようにも聞こえたが、同情は含まれてはいなかった。


 ライカも自分が足を踏み込んだ世界が死と隣り合わせだと理解しているのだろう。

 アイリスはそんなライカの頭を軽く、ぽんっと撫でる。


 彼は一生懸命、大人になろうと踏ん張っている。目の前で起きた理不尽さを受けつつも、それでも確かに成長しようと上を向いている。


 自分とは違う道を進もうとしているライカを眩しく思いつつも、見守りたいという気持ちの方が大きいのは、ライカ自身にそう思わせる強い意思が宿っているからだろう。


「……クロイド、浄化を」


「ああ」


 クロイドは両手をかざしてから、その場に横たわっている魔物の死体に向けて浄化の炎を放った。

 炎に包まれた死体は瞬時に燃えていき、やがて形無き灰となって、空気中に溶けるように消えて行く。


 もう、戻ることは出来ない光景だ。灰になったものと再び会うことは出来ない。

 それこそ、会うことが出来るのは夢の中だけなのだろう。


 アイリスは目を細めつつ、前方に広がる灰色の光景を眺めていた。

 

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