拒絶する結界
用心しながら魔具調査課を出たアイリスとクロイドはとりあえず、建物の外に向かって小走りに駆けだした。
廊下は慌てた様子の団員達が行ったり来たりしている。
本当ならば、この時間は休んでいる団員達が多いはずだが、警報によって無理矢理に起こされたことで、事態を収束するために動いている者が行き交っていた。
「おい、怪我人が出たぞ!」
「非戦闘団員はこっちに避難しておけ!」
「くそっ、魔具を装備してこいっ!」
荒々しい足音と共に、怒号とも呼べる声が行き交う。中にはすでに魔物によって傷を負った者もいた。
アイリス達が思っている以上に魔物が建物内に侵入しているらしい。
「……この前の虫型の魔物とは違うようだな」
「そうね。どれも動物型みたいだけれど……」
すれ違う団員達がどのような魔物を倒したのかを他の団員に報告し合っては、情報を共有していたため、その話をアイリス達は通り過ぎる際に耳に入れていた。
「だが、魔物の種類が違うからと言って、ハオスの──ブリティオンのローレンス家の仕業ではないとは言い切れないからな」
釘を刺すようにクロイドがそう言ったため、アイリスは頷き返した。
その際に脳裏に何故かセリフィアの顔が思い出され、アイリスは首を横に軽く振ってから忘れることにする。
今は目の前の事案に集中するべきだ。
自らを戒めるようにアイリスは唇を噛んだ。
アイリスとクロイドは部課が置いてある建物から出て、一番近い教団の門へと向かう。
その間にも、魔物との戦闘行為によって怪我をしている者達とすれ違った。
突然の魔物の侵入に、準備が出来ないまま攻撃を受けたに違いない。アイリス達も間違えば、怪我を負っていたかもしれないのだ。
「……嫌な空気が漂っているな」
クロイドがぼそりと呟く。喧騒と焦燥が交じり合っては負の連鎖を起こしているように感じていた。
はっきりとした敵が分からないまま、転移魔法陣を使う魔物を相手にしなければならないため、必要以上の不安を抱いているのかもしれない。
「……とにかく、何が起きているのか調べてみないと」
ブレアが伝達用の魔具が結界を通らないことに疑問を持っていたが、アイリスも同じように思っていた。
悪意のないものさえも結界は通さないならば──あらゆるものが通らなくなっているのではと考えたからだ。
もし、自分の想像通りならば、恐ろしい事態が待っていることになる。どうか、自分の勘違いであって欲しいと思いつつ、アイリスは足を走らせた。
「門周辺には魔物はいないようだな」
クロイドは周囲を見渡しつつ、門へと近づいていく。
高い塀に囲まれている教団には東西南北に一つずつ大きな門があった。それは団員が普段用として使用している門で、教団に属する者ならば通過できるようになっている。
東西南北の門の他にも隣接している教会へと続く通路もあるが、そちらを使うのは修道課が主である。
また、一般の団員達には知られていない秘密の通路などもいくつかあるらしく、それらは公開されていないらしい。
恐らく、場合によっては悪用する者がいるため、それを防ぐためだろうと思われる。
また、あくまでも噂だが、歴史が長い上に敷地が広い教団には、誰も知らない通路も存在しているとのことだ。
これはミレットから聞いた話だが、情報通である彼女はその通路の存在をほのめかす噂を知っていても、さすがに特定出来る場所までは知らないらしい。
「……あら?」
アイリスは首を傾げて、門へと近づいていく。そこに、普段とは違う光景が広がっていたからだ。
普段ならば、魔的審査課の団員が作った門番用の式魔が人型の姿を取って、門の前に立っているというのに、その姿はどこにも見当たらない。
門を通過する際にはこの式魔に、教団の団員かどうかを認証してもらうことで通過出来るようになっているため、門番が不在ということはあり得ない事態だった。
「どこに行ったのかしら」
周囲を見渡しても、アイリス達以外には誰もいない。
すると隣に立っていたクロイドが何かに気付いたようで、門のすぐ傍まで寄っていき、地面へと膝を付けた。
「アイリス、これを見てくれ」
何だろうと思って、アイリスがクロイドの手元を見るとそこには焼け焦げた紙切れが落ちていた。よく見れば、文字らしきものが書かれているようだ。
「恐らく、この紙切れは式魔だ」
「えっ……。でも、どうして焼け焦げているの? ここには誰も……」
アイリスは言葉をそれ以上、続けることを止めて、門の方へと近づいていく。
何となく、嫌な予感がしたからだ。
「……クロイド、私に防御魔法をかけて」
「え?」
「お願い」
「……分かった」
クロイドは表情に疑問を浮かべつつもアイリスに向けて、防御魔法を素早くかけた。
身体全体が温まるような感覚を得てから、アイリスは試しに門へと左手で触れてみる。
その時だった。
──バンッ。
鈍い音とともに、火花が門と手の間から生じて行く。
左手から駆け巡るような痛みが生まれたが、それよりもアイリスは嫌な予感が当たってしまった方に顔を顰めた。
アイリスの手が門から弾き飛ばされた光景を見ていたクロイドはかなり驚いたようで、目を見開いていた。
「アイリスっ!? 大丈夫か!?」
すぐに駆け寄って来たクロイドはアイリスの左手を手に取り、怪我をしていないか確かめ始める。
「あなたの魔法のおかげで無傷よ。……でも、やっぱり想像通りみたいね」
「どういうことだ?」
「門番用の式魔は恐らく、この門に触れたことで状態を維持出来なくなり、焦げて消失したんだと思うわ」
アイリスは試しにスカートの下に忍ばせていた細いナイフを取り出してから、門の方へと一直線に投げる。
だが、ナイフは見えない壁に阻まれるように火花を起こして、跳ね返ってきた。
普段ならば、攻撃が跳ね返ってくることはない。魔具や魔法が門に触れたとしても、悪意のない攻撃であれば、反応を見せないものだと知っている。
拒絶されるように跳ね返されたナイフを地面から拾い上げつつ、アイリスは唇を噛む。
「結界が悪意ある攻撃だけでなく、教団の団員である私達さえも拒んでいるみたいなの」
「それはつまり……」
「教団を覆っている結界の中に私達は閉じ込められていると言っても過言ではないわ。……多分、結界の外に出ることは難しいでしょうね。相当な魔力による攻撃で破壊するか、結界を専門にしている魔法使いに解除してもらうしか方法はないと思うわ」
「っ……」
クロイドも自身の身体に防御魔法をかけてから、門に触れようと試みてみる。
しかし、案の定、クロイドの右手はアイリスと同じように跳ね返ってくるだけで、門を開けることさえ出来なかった。
「……これは」
「どうしたの?」
どうやら、結界に直接触れたことで、クロイドは何かを感じ取ったらしい。
「いや、結界を築いている魔力は、多数の魔力が交じり合って形成されているものなんだが、その中の一つがどこかで感じ取ったことがあるような気がして……」
クロイドは口元に手を当てつつ、眉を中央に寄せながら顔を顰める。それでも、魔力の持ち主を思いだすことは出来なかったようで、悔しげに諦めた素振りを見せた。




