見えない妨害
ブレアは何度も水晶に向けて呼びかけたが、やはりイリシオスと再び通信が繋がることはなかった。唸るような声でブレアは小さく呟く。
「……繋がらない。もしかすると外部から通信の妨害を受けているのか……?」
舌打ちをしつつ、ブレアは水晶を課長机の上へと置いた。
試しに電話を使って、どこかの部課に連絡しようとしているが、やはり先程と変わらず繋がらないようで、すぐに受話器を下ろした。
「電話線が切れているのか、電話はもう使えないようだな……。水晶ならば、近場と連絡を取り合うことは出来るだろう。だが、魔力が複雑に絡み合って組み立てられている結界が張られた塔との通信は難しいかもしれない。この水晶は魔力を持った魔具だからな」
「それはつまり……」
「塔へと誰かが魔法をかけて、他の魔法を妨害している可能性がある」
「……っ。それならば、イリシオス総帥の身が危ないのでは……!?」
思わず、叫びそうになったアイリス以上に険しい顔でブレアは頷き返した。
「分かっている。だが、イリシオス先生は犠牲を出すことなく、現状を収められることを望まれている。今、我々がやるべきことは、誰がどのような目的を持って、教団を襲っているのかということを突き止めることだ。そして、教団内に出現している魔物の討伐も最優先で行わなければならないだろう。でなければ、先日と同様に団員達に被害が出ることになる」
「……」
「しかも、今の魔具調査課には『種』と『暁』以外のチームが出張で出払っている。……あいつらを呼び戻す時間もないため、残っている我々で対処するしかない」
そう言いつつ、ブレアは課長机の引き出しから四枚の細長い紙を取り出した。
以前、見たことがあるのを思い出したアイリスは、その紙が伝達用の魔具であることに気付いた。
確か、送る相手の名前を書いてから魔力を込めると、手紙のように届けてくれる魔具だったと記憶している。
「この魔具が外部と連絡を取れるといいんだが……」
ブレアは伝達用の魔具に「ナシル・アルドーラ」、「セルディ・バロン」、「レイク・ブレイド」、「ライカ・スウェン」の名前を綴っていき、一言ずつ文章を添えて行く。
一言、添えられた文章には教団が何者かに襲撃に遭ったため、任務が終わり次第すぐさま帰還せよ、というものだった。
一方で出張任務ではない者には教団が襲撃されたため、すぐに魔具調査課に集合せよ、と書かれていた。
それらの紙に魔力を込めてから、ブレアは空中に向かって舞うように飛ばした。
瞬間、四枚の紙は白い鳥の姿へと変わり、開いた窓から目的の人物に向かって飛び立っていく。この魔具を使う瞬間を初めて見たアイリスは、魔具の移動速度に驚いていた。
「アイリスとクロイドは他の団員達と協力し合いつつ、教団内に出現した魔物を討伐してくれ。『種』の二人には現状の情報収集を行ってもらいつつ、他の課と連携が取れるように──」
しかし、ブレアの言葉はここで唐突に途切れて、瞬時に苦いものを口に含んだような表情へと変わった。
「どうしたんですか?」
「……伝達用の魔具が教団の結界に直撃して消滅した」
「え?」
「おかしい……。いくら、教団の結界が強固だと言っても、それは悪意ある攻撃を遮断するためのものだ。伝達用の魔具や式魔と言ったものは結界を通過出来るようになっているはずだが……」
一体、何が起きているのだろうか。そう訊ねたくても、答えられる者はここにはいない。
「まさか、教団の結界にも細工がされているというのか……!?」
その言葉にアイリス達は何かがぶわりと背中を覆った気配がした。
それは得体の知れない不安か、それとも敵意か。
被さっていくものの正体は分からない。だが、自分達にとっては良いものではないと、それだけははっきりと分かっていた。
「エルベート黒杖司は……この時間は自宅に帰っているだろうし……。ああ、くそっ……」
「ブレアさん」
アイリスはブレアの名前をはっきりとした声で呼んだ。
「ブレアさん、私達が教団内を覆っている結界の様子を見てきます。そのついでに魔物も討伐してきますので」
「……頼めるか」
「はい。また後程、報告しに来ます」
「分かった。お前達には魔物討伐と結界の様子を見てきてもらおう。その間に、私は他の課の課長達と現状の打開策を話し合ってくる」
課長であるブレアには、やらなければならないことがたくさんあるはずだ。自分達が出来ることは少ないがそれでも、ブレアの手助けをしていきたいと思う。
「二人とも、気を付けろよ。手強い魔物が出現した場合は他の団員と協力するんだ。決して、無理をしないように」
「はい」
「クロイドにはこの伝達用の魔具を渡しておこう。必要になる場合があるかもしれないからな」
「分かりました」
ブレアは課長机の引き出しから、伝達用の魔具の紙を数枚、取り出してからクロイドへと渡す。
アイリスはこの魔具を使うことが出来ないので、連絡を取ってもらう場合はクロイドに頼むしかないだろう。
「……頼んだぞ、『暁』」
「行ってきます」
託すようにブレアはアイリス達へと視線を真っすぐ向けて来る。本当は自分の足で現状を確認して回りたいのだろう。
しかし、課長である彼女には立場というものがあるため、軽々と動くことは出来ないようだ。
アイリスは自分達に任せてくれたブレアに、力強く頷き返す。彼女の想いを受け取ったと言わんばかりに。
そしてもう一度、深く頭を下げてから、アイリス達はブレアに背を向けて、その場から立ち去った。
「……頼むから、何も起きないでくれよ……」
ブレアが苦しげに呟く声は、その場を去って行ったアイリス達には届いてはいなかった。




