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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
愚者の旅立ち編
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警報

 

 魔物が灰と化して消滅したことで、魔具調査課内には再び静寂が生まれて行く。


 どくん、と心臓が高鳴る音がアイリスの中で反響していく。得体の知れない何かに恐怖しているのか、全身からは冷や汗が噴き出していた。


「……ブレアさん、今の魔物は……」


 クロイドは信じられないと言わんばかりの表情で、閉じられた扉を見つめていた。


「……まだ、教団を覆っている結界は破かれてはいないはずだ。もし、破かれたならば、先程よりも強い衝撃が教団全体に響くはずだからな。それなのに先程の轟音が起きた後に、魔物の魔力を感知するようになったということは……」


 ブレアが考え込むように唸っていると、魔具調査課の壁に飾るように埋め込まれている透明な水晶が突如として赤く光り出した。


 それは普段ならば使われることのない、教団全ての場所に設置してある水晶で、緊急を要する情報を一斉に伝達することが出来る魔具だ。

 そのため、アイリスは今までこの水晶が赤く光っている瞬間を見たことはなかった。


 また、水晶からの発信源は教団内の情報を統括している情報課が担っていると聞いている。


『──緊急事態、緊急事態』


 その言葉が水晶から発せられた時、ブレアの表情が一気に歪んだものへと変わっていった。

 それは明らかに自分達にとって、良くない状況が起きたことを示していた。


『──全団員に告ぐ。教団内に突如として魔物が出現した。教団内に突如として魔物が出現した。なお、その理由は今のところ不明』


「……ここの階だけではないようだな」


 クロイドは無意識なのか、いつの間にか机の上に置いていた魔具の手袋を手に取って、装着し始めていた。


『魔物には転移魔法陣が組み込まれているのか、あらゆる場所に移動が可能とされていると報告を受けている』


 アイリスは自分の机に立てかけていた長剣をすぐに腰のベルトへと差した。短剣や小型ナイフもスカートの下に装備していることを確認する。


 恐らく今晩、行う予定だった「奇跡狩り」は延期だろうとアイリスは思いつつ、魔力探知結晶を首にかけて、服の下へと隠した。


『戦闘が行えるものは数人で行動して魔物を討伐すること。非戦闘団員はそれぞれが属する部課からの指示を待機するか、安全とされる場所で結界を張り、戦闘が行える団員の救援を待つこと』


 警報は静寂を切り裂くように教団内に鳴り響く。この警報が他の団員達にも届いたようで、扉の向こう側からは慌てるような声と足音が聞こえて来た。


 警報からは何度も同じ言葉が繰り返される。

 アイリスはクロイドの方へと視線を向けると彼は準備が出来ていると言うように首を縦に振り返した。


「っ……。先生……!」


 すると突然、ブレアは切羽詰まったような表情で課長室へと入っていき、課長机の上に置かれている電話を手にするとどこかに向かって、電話をかけ始める。


 先生、と言っていたため、恐らくはイリシオス総帥へと電話をかけているのだろう。


「くそっ、何で繋がらないんだ……!? それなら、こっちは……!」


 どうやら電話は繋がらなくなっているようで、ブレアは乱暴に受話器を置いてから、同じように机の上に置かれていた通信用の水晶を手に取った。


「先生! ……イリシオス先生!」


 ブレアと同じようにイリシオスのことが心配であるアイリス達も水晶の中を覗き込む。


 時間はかかったが、水晶はゆらりと動いてから、向こう側に人影を映した。

 幼い姿を持ちながら千年を生きた魔女、ウィータ・ナル・アウロア・イリシオスの姿がそこに現れる。


『……ブレアか』


 水晶の向こう側に映ったイリシオスの姿を見て、ブレアは安堵するような深い溜息を吐いた。


「良かった、ご無事だったんですね」


『うむ。しかし、今の警報は……。またもや教団内に侵入者が入っているということか』


 イリシオスの顔は苦いものを食べたように、ぐっと顰められる。まさか、二度も教団が侵入者を許すとは思っていなかったのだろう。


「恐らくは……。先程、魔具調査課前の廊下に魔物が出現しました。それまでは魔力を感知していなかったのに、突如として現れたのです。すぐに対処したので負傷者は出ていませんが……」


『……ふむ。どうも嫌な予感がするな』


 水晶越しのイリシオスは唇を噛みつつ、眉を中央へと寄せて行く。姿は幼くても、彼女の表情は全ての魔法使いの上に立つ、長の表情をしていた。


『ブリティオンとの件からそれほど経っていないというのに、次はこの騒ぎ……。連続して起きるなど、とても偶然とは思えぬ』


 低く唸っているイリシオスは溜息を吐く。そこには何か諦めのようなものも混じっていた気がした。


『本来ならば、わしが表に出て指揮を取らねばならぬだろう。だが……』


「我々にお任せ下さい。先生は塔の結界の中から、絶対に出ないように」


 イリシオスが言葉を続ける前に、ブレアははっきりとした返事を返す。イリシオスの考えを全て受け取っているようにも思えて、信頼関係の賜物だろうとアイリスは密かに思った。


『……分かった。では、指揮は黒杖司(こくじょうし)黒筆司(こくひつし)、そして各々の課長達に任せよう。……ブレア、お主も「魔視眼(ましがん)」を使うことになるかもしれぬが、出来るだけ使い過ぎには気を付けるのじゃぞ』


「はい」


 すると、それまでブレアと会話していたイリシオスの視線がゆっくりと動いた。その青い瞳はアイリス達を確かに捉えていく。


『アイリス、クロイド』


 名前を呼ばれたアイリス達は一歩だけ、水晶へと近づき、覗き込む。水晶越しだが、それでもイリシオスと視線が重なり合った気がした。


『この度の襲撃は何が目的か分からぬ以上、お主達も十分に気を付けるのじゃ』


「はい」


 アイリスとクロイドは同時に強く頷き返す。きっと、結界の中から見守ることしか出来ないイリシオスは自分の身の不自由さを苦々しく思っているのだろう。


 彼女が安堵することが出来るように、自分達は自分達に出来ることを最優先でやらなければならない。


 水晶に映るイリシオスの姿はやがて大きく揺らいでいき、その姿は見えないものとなっていく。どうやら通信が切れたらしい。


「……おかしいな。普段ならば、このような通信の切れ方はしないはずだが……。──先生、イリシオス先生」


 ブレアは不審に思いつつ、イリシオスを呼び出すためにもう一度、彼女の名前を呼び始める。


 しかし、水晶の中はぐらりと揺れ動くだけで反応することはない。

 完全に断ち切ったと言わんばかりに、水晶はイリシオスの姿を映すことは二度となかった。

 


「登場人物」の絵を四枚、差し替えました。

時間はかかりますが、残りの登場人物の絵も差し替えて行きたいと思います。

 

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