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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
愚者の旅立ち編
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出現

 

 突然の轟音と振動にアイリス達の身体は大きく揺れた。まるで大きなものが真上から落ちてきたような衝撃に動揺してしまう。


 机の上に並べられていた書類や本は床の上へと落ちていた。幸い、割れそうなものは落ちずに済んだようで、魔具調査課の室内の被害は大きくはなかった。


「な、何っ……? 地震?」


「これは……」


「あの時と同じ……!」


 ブレアとクロイドは今の轟音の正体に気付いたようで、すぐに険しい表情をする。

 一方で魔力を持っていないアイリスは、状況を掴むことは出来なかった。


「一度までならぬ、二度までも……」


 ぎりっとブレアは歯ぎしりをしながら、窓の外に視線を向ける。そこには闇夜が広がっているだけで、何かが視えるわけではなかった。


 それでも二人は何かを感じ取っているようで、その場には言い表しようのない緊張感が漂っていく。


「クロイド、何を感じたの」


「……武闘大会の日にハオスが襲ってきただろう。あの時と同じような感覚を感じたんだ」


「それって……」


「──今の衝撃はもしかすると、教団に向けられた明確な敵意を持った攻撃かもしれない」


「っ……」


 ブレアの答えにアイリスは唾を飲み込む。


 それはひと月ほど前のことだ。ブリティオンのローレンス家に属している悪魔「混沌を望む者(ハオスペランサ)」が突如、教団を襲ってきたのである。


 彼は魔物を使って、団員達の魔力や血液を奪っていっただけではなく、直接的に寄生してその身体の持ち主を操ったりしていた。


 魔法使いによって構成された教団を襲うなど、今までなかった事案だったため、教団全体に結界を張っていたうちの一人、ハロルド・カデナ・エルベートは再度、張る際には絶対に破かれないようにと彼渾身の結界を張り直したという。


 そのため、新たに攻撃を受けても絶対に結界は破かれないという自負がどこかにあったのかもしれない。


 次に何かを感じ取ったのか、クロイドとブレアは猫の毛が逆立ったような反応を見せる。

 それは怯えというよりも、予想もしない奇襲を受けたような表情だった。


「な……んだ、この魔力の数は……。どこからともなく、魔力が出現していくぞ……!?」


 ブレアは窓から乗り出すようにして、周囲を見渡す。

 闇夜しか映っていなくても、彼女は異常だと思えた魔力の数をその身で感じ取っているのだろう。


「これは……」


 クロイドは口元を押える。


「これは、魔物……?」


 椅子から立ち上がったクロイドはまるで、何かに強く引き寄せられるように魔具調査課の扉に手をかける。

 そして、扉を開いた彼は何故か、その場で立ちすくんでいた。


 一体、どうしたのだろうかとアイリスはクロイドの後ろから扉の向こう側を覗いてみる。


 この場所から十数メートル先に何故か、獣がいた。

 それは猿のような形をしており、筋肉質な身体を持った──魔物だった。


 何故、それが魔物なのかと分かったのは、アイリスが以前、魔物討伐課に所属していた時に、同種の魔物をこの手で斬ったことがあるからである。

 それ故に、一度見ただけで魔物だと判断出来た。


 稀に魔物を使役出来る者が団員の中にいるが、その場合は使役している魔物から離れてはいけない規則となっている。


 だが、目の前の猿型の魔物はどうだろうか。周囲を見渡しても人の気配は全くと言っていい程にない。


 今の時間帯、任務に行っている者かもしくはすでに休んでいる者に分かれるため、このような場所に「魔物」がいることは明らかに異常だった。


 アイリス達が扉を開いた音を聞きつけたのか、猿型の魔物はこちらへと振り返った。

 そして、鋭く尖ったその目は「獲物を見つけた」と言わんばかりに笑ったのである。


「っ……!」


 まずい、と思ったアイリスは呆然としていたクロイドを後ろへと押しやってから扉を閉めた。


 扉を閉めた次の瞬間、向こう側からは強い衝撃が扉越しに伝わって来たのである。


「キィッ──!」


 紛れもなく、敵意を持った声で魔物が叫ぶ。

 この声も衝撃も幻などではない。確かに存在している現実だ。


「っ、この……」


 アイリスは押しやられそうになる扉を向こう側から開けられないようにと何とか押えた。我に返ったクロイドもアイリスに加勢して、扉を押し続ける。


 それでも扉は激しく揺れて、今にも破かれそうだった。せめて、剣を抜くことが出来れば、形勢を逆転させることが出来るかもしれない。

 もしくは、クロイドに魔法を使ってもらって、仕留めてもらうか、だ。


 そんなことを考えているうちに、強い力によって、扉は破かれようとしていた。


「──必要のない修繕費を払う気はないんだけれどな」


 冷めた声と共に、ふわりと爽やかな風が吹き通って行った。


 いつの間にかブレアがすぐ傍まで来ており、彼女の手には短剣が握られていた。

 ブレアの瞳は剣呑としており、彼女が扉越しに感じている魔力は敵のものだと認識しているようだ。


「アイリス、クロイド。あと三つ数えたら、手を離してその場から距離を取れ」


「えっ? は、はいっ!」


「行くぞ。一、二……三!!」


 ブレアが数を叫んだ瞬間、アイリス達は扉を抑える手を離して、一気に後ろへと引き下がった。

 支えが無くなった扉は魔物によって勢いよく開かれる。


 だが魔物が一歩、魔具調査課内へと入ろうとするよりも早かったのはブレアの動きだった。

 彼女は瞬きするよりも早く、持っていた短剣で猿型の魔物の脳天を貫いたのである。


「──ッ!」


 魔物の言葉にならない絶叫がその場に響いていく。


「……燃えろ」


 ブレアは短剣を魔物に突き刺したまま、ぼそりと呟く。

 その言葉に従うように短剣からは炎が生まれて、一瞬にして魔物を覆いつくしては灰へと変えて行く。


 そこに確かにいたはずの魔物はブレアによって消滅させられ、その場に灰の山だけが残った。

 残っていた灰も空気中に溶けるようにゆっくりと消えていき、やがて見えないものとなる。


「……」


 ブレアは短剣を引き戻してから、服の下へと隠すように収めた。

 その光景に見とれるように呆然としていたアイリスはすぐに我に返ってから、もう一度、扉を閉め直す。


 木製の扉であるはずだが、何かしらの魔法がかけてあるのか扉には傷一つ付いてはいなかった。

 

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