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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
裏の教団編
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石の想い

  

 アップルパイを食べ終わった二人は、クロイドがいつも同じような服しか持っていないので、新しい服が欲しいらしく、服屋へ行くことにした。


 給料を初めて貰ったクロイドにとっては、自分へ物を買うこと自体が初めてらしい。


「でも、私、流行とかよく分からないのよねぇ」


 服屋の陳列棚に並んでいる男物の服を眺めても、どれも同じにしか見えない。この店に置いてある服は、誰でも手に取れる値段なので教団に属している懐が寂しい人はよくここへ服を買いに来るとミレットが言っていた。


「……いつもどんな基準で選んでいるんだ」


 服を手に取り、眺めていたクロイドが訝しげに訊ねて来る。


「そうね……。動きやすいことが一番大事だわ。あとは丈夫そうな服かしら」


「……ほとんど、仕事用じゃないか」


 そう言われると確かにそうだ。

 今、着ている服は持っている服の中で比較的に新しいものだが、使用回数が増えればそのうち仕事用になってしまうかもしれない。


「わ、私はいいのよ! それよりあなたの方はどうなのよ。何か良さそうな服はあったの?」


 クロイドの手元を覗き込むとそこには今、彼が着ている服と同じような色合いのシャツが掴まれていた。


「……それ、今着ているものとあまり変わらないじゃない」


「手触りが違う」


「クロイドなら、もう少し明るめの服を着ても似合うと思うけど。……こっちの色は? 濃い青だけれどあなたが着れば落ち着いた感じに見えるわよ」


 アイリスは近くにあった服を手に取り、クロイドの前へと服を重ねて似合っているかどうかを見る。


「うん、やっぱりこれが似合うわね。白と黒も似合うけれど、たまにはこういうのもいいんじゃない?」


「そうか?」


 手渡された服を自分で鏡の前で合わせながら、クロイドは首を傾げる。こうやって見ていると、クロイドも普通の男の子なのだ。


 ただ、置かれている状況が少し、人とは違うだけで。


「それなら、これにしよう」


「え……」


 あまりに早い決断に、アイリスが何と言おうかと迷っているとクロイドが振り返る。


「似合うんだろう? それなら、これでいい」


「そ、そう……」


 クロイドは早速、店員のところへと支払いへ行く。無理をして買っているようには見えないが、彼の足取りは軽いようにも見えた。

 気に入ったのならいいのだが、自分が選んだものを身に着けてくれるのは少し嬉しい気がして、アイリスはクロイドの背中を見つつ、小さく苦笑していた。



・・・・・・・・・・



 店を出て隣を歩きながら、アイリスはクロイドの顔を窺ってみる。初給料で買った服が入った袋を見つめる表情は楽し気だ。


「ふふっ」


「……何だ?」


 アイリスが突然笑ったことが気になったのか、クロイドが少し口先を尖らせながら、どこか気恥ずかしそうに見つめてくる。


「ううん。ただ、嬉しそうに見えて。……私も初めてのお給金で買った剣は今も大事に使っているから、その時の気持ちを思い出したの」


「……まぁ、確かに嬉しいものだな。こうやって目に見える物だと」


「そうやって、素直に喜べるのって良いことだと思うわ。……教団の人は名家だったり、お金持ちだったりする人もいるから、お給金を貰っても素直に嬉しいって笑って喜ぶ人をあまり見たことないの」


 クロイドは少し複雑そうな表情で改めて、自分の買った物を見つめる。


 彼は純粋だと思う。

 確かに今こうして相棒となるまで色々な経験をしてきたと思うが、それさえも彼にとってはちゃんと一部になっている。

 それが、眩しくも感じられた。


「さて、次はどこに行きましょうか。希望はある?」


「そうだな……。……なぁ、あの露店で売っているものって、何だ?」


 クロイドが道沿いに並ぶ露店の店の一つを指さす。

 それを見て、アイリスは軽く頷いた。


「あぁ、あれね。石を取り扱っているのよ。あ、魔法石じゃないわよ? 普通の石もあるけれど宝石も扱っているの」


 ただし、金持ちが身に着けているような宝石ではなく、庶民でも触ることのできるもので、値段もそれほど高くはない。


「石? 魔除けか? ほとんどが首飾りや腕輪のように見えるが……」


「クロイドは知らなかったのね。まぁ、この街の名産で、風習みたいなものよ。例えば、自分の瞳と同じ色の石を買ってね、人に渡すの」


「贈り物としてか?」


「そうよ。……自分と同じ瞳の色の石を選ぶのはね、自分の目の代わりを意味するからなのよ。それを大事な人に渡して、自分はあなたを見守っていると伝えるためにね」


 自分はまだ、貰ったこともないし、誰かに渡したこともない。

 その願いを込めた石の一つ一つを輝かしく思いながら、アイリスは露店から目を逸らす。


「もともとは、私の先祖のエイレーンが大事な人に自分の瞳と同じ色の石を相手に渡したことが起源だって言われているわ。もっとも、その石には魔力が込められていたから、本当の意味でお守りだったらしいけれど。まぁ、その話を現代で知っている人は少ないけれどね」


「そうなのか……」


「もちろん、おしゃれとしてだったり、恋を叶えるためのお守りとして若い女性に人気なのよ」


 アイリスがクロイドに説明している間に、一人の女性が露店の店主へと話しかけ、緑色の石を購入する。

 それは彼女と同じ色の瞳だった。石にどのような願いを込めて、誰に渡すのだろうか。


「でも、凄いな。エイレーンって随分と昔の人だろう? その話が今も伝わっているのは、きっと、相手に託す想いが大事なものだと伝えたくて、彼女の周りにも同じように石を贈る人達がいたから、今に至るまで続いて来たんだな」


 穏やかに、懐かしむように彼はそう言った。


 その気持ちを理解してくれているのだ、クロイドは。

 それが嬉しくて、アイリスは笑みを浮かべる。


「クロイド、ちょっとここで待っていてくれる? 一分で戻るから」


 クロイドの返事も聞かずにアイリスは石を扱う露店の店主へ声をかけて、一つの石を選んで購入する。


「お待たせ」


「買ったのか?」


「ええ。あ、ちょっと、待って」


 アイリスは買ったものを両手の中へと入れて、神へと祈るように手を組んだ。

 そして小さく、願う。


 ……どうか、この先もずっとクロイドの事を守ってくれますように。


 掌を広げて、クロイドの手を取ってから手渡した。


「これは……」


 クロイドの手に転がるのはアイリスの空色の瞳と同じ色の石の首飾りだった。

 それを手に取り、空へとかざすように見ている。石の向こう側に何か見えるだろうか。


「あげるわ。ただの石だから、お守りの効果はないけれど」


「いいのか?」


 男性に首飾りは嫌がられるだろうかと思ったが、クロイドの目は少しばかり輝いているように見える。

 彼は何でも喜んでしまうのではないかと思う程、その瞳は小さな子どものようにきらきらしていた。


「せっかくだから、風習に乗っ取ろうと思って」


 クロイドを見守ると、伝えるのはやはり恥ずかしいので言わないことにした。


「……ありがとう」


 彼はただの石をまるで大事な宝物を扱うように見つめていた。

 その眼差しがあまりにも真剣だったので、見ているこっちが緊張してしまうほどだ。


「こういう店はいくつもあるのか?」


 顔を上げたクロイドが石を通しながら自分の方を見てくる。


「あるわ。まぁ、店それぞれで、石の形や大きさ、値段や装飾の仕方が変わってくるから、眺めていて面白いわよ」


「そうか……」


 何かを考えるようにしながら呟き、そして空色の石の首飾りをさっそく、首へと下げ始める。

 空色の輝きがクロイドの黒と白で統一された服装の上に落ち着くと、更に映えて見えた。


「いいじゃない。お守りとしては心許ないけれど、おしゃれとしては合うと思うわ」


「そういうものか?」


 あまり流行やおしゃれなどに興味がないらしいが、彼が紳士のようにきっちりと整った格好をしているのをアイリスは一度見ている。


 ……あの時のクロイドも、中々良かったんだけれど。


 仮面を付けたオークションに潜入調査した時、クロイドは燕尾服を着ており、身だしなみも整えていた。

 見た目だけだと、どこかの貴族の子息のように見える雰囲気だったとは言っていないが。


 そこでふと、アイリスは「貴族」という単語から嫌なことを思い出してしまう。


 ……そういえば、許嫁の件はまだクロイドに伝えていなかったわ。


 認めていないが自分の叔父でもあるブルゴレッド男爵の息子であるジーニスとの婚約についてはクロイドにはまだ話していない。


 彼にはブルゴレッドが自分を養子にしようとしているとだけ伝えてある。それも事実だ。最初は養女として引き取るという話が出ていたからだ。


 もちろんすぐに断ったし、自分の保護者代わりをしてくれていたブレアが断固拒否してくれたため、ブルゴレッドは渋々、手を引いていると言ってもいいだろう。


 だが、彼は機を見計らっては養女になれと自分に手紙を寄こしてくる。

 それだけならまだ、ましだったが自分が成長するにつれて、今度はジーニスと無理やり婚約を結ばせたのだ。


 それも断っているのに向こうはもう決まりきったような顔で、公然と知り合いなどに話すため、否定するには自分の発言力が足りない現状となっていた。


 ……出来るなら、クロイドに知られる前に決着を付けたいわ。


 ミレットはクロイドに婚約者役を頼んで、ジーニスを一蹴すればいいと言うが、そう簡単にいくものではないし、演技とは言え彼に婚約者を頼むなんて出来ない。


 そこにはクロイドが嫌がったらどうしよう、他に好きな人がいるかもしれない、という複雑な気持ちが入り交ざってしまうことも関係していた。




「アイリス。……アイリス?」


 前方を歩いていたクロイドが振り返り、首を傾げる。その仕草さえも、なぜか自分にとっては特別に思えてしまうのだ。


「あ、ごめんなさい。次に行く場所を考えていたの」


「……何だか、任せっきりですまない。次に遊びに行く機会がある時は、俺が行先とか決めるよ」


 次、と彼は言った。

 この次、また休みがあったら、自分と遊びに出掛けてくれるというのか。


「ふふっ。ありがとう。それじゃあ、次の休みは楽しみにしておくわ」


 アイリスはクロイドへと追い付いて、顔を窺うようにちらりと見上げる。


「あとで、ロディアート時計台に上ってみましょう。あの場所、夕方になるととても夕日が綺麗に見えるの」


「いいな、それ。一度、上ってみたいと思っていたんだ」


「そこから教団も見えるのよ。でも、外部から見た際に、視覚的に普通の教会本部にしか見えないように結界の魔法をかけているんですって……」


 クロイドだけにしか聞こえない小声でアイリスは話しながら、彼の隣を歩く。

 それだけで、自分には十分に満足出来る時間だった。

      

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