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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
昏き慟哭編
622/782

愚か者の慟哭

 

 ブリティオン王国 ローレンス領。



「──っはぁ……。はぁっ……」


 転移魔法陣を使用したことで、セリフィアの身体は一瞬でブリティオンのローレンス家が保有する森の中へと移動していた。


 だが、まだ対人用としては開発段階である転移魔法陣を人の身体を持っているセリフィアが使用してしまえば、その反動は身体へと大きく返ってくるのだ。


 よく多用しているハオスは魂の入れ物である身体を交換するだけだが、セリフィアには替えとなる身体はない。


 そのため、いくら防御魔法をこの身にかけていたとしても何度も転移魔法陣を使用するのは得策ではなかった。


「ぐ、はぁっ……」


 イグノラント側の魔法使い達との戦闘による負傷もまだ、完全には回復していないというのに、更なる枷を自らにかけてしまったことに後悔はない。


 でなければ、ずっとアイリスと顔を合わせたままになってしまっていただろう。それだけはどうしても避けたかった。


 セリフィアは大木に背をもたれて、それからずるずるとその場に落ちるように座り込んだ。


「っ……」


 顔を右手で覆っては、静かに涙を流す。その涙の理由が自分には分からないのだ。

 けれど、アイリスに謝らなければならないことをしてしまったことだけは自覚していた。


「……どうしようっ……。アイリスに酷いことを言っちゃった……」


 うっと、胸の奥底から何かが溢れそうになるのをセリフィアは必死に押し留めた。これは、外へと吐き出していいものではないと判断したからだ。


「……愚かだ」


 自分は何と愚かなのだろう。

 本当は敵同士になることになってもずっと友人でありたいと、そう伝えることが出来れば良かったのに拒絶してしまった。


 それはきっと、エレディテルの命令を自分の魂が最優先しているからだ。

 だが、それ故に自分はアイリスの心を傷付けてしまった。


 これまでの関係が全て嘘だったのだとアイリスに告げた時、彼女は悲愴な表情をしていた。自分が、アイリスを傷付けたのだ。


「一番、愚かなのは……僕なのに」


 自分は誰かを傷付けることしか出来ない、ただの人形だ。


 心を持ってはいけない。

 意思を持ってはいけない。

 感情を持ってはいけない。


 自分は「花の意志(セリシィフィオーレ)」。花に意志など存在しない。

 ただ、エレディテル(他者)によって、咲かされるだけだ。


 それなのに──。


「どうして、アイリスを傷付けたことがこんなにも苦しいの……?」


 理由が、分からない。分からないのだ。

 自分は何も分からない。だって、人形だから。


 その時、セリフィアの身体の内側から突如として黒い感情のようなものが脳内へと一気に押し寄せてくる。


「うっ……」


 セリフィアは頭を抱えたまま、浅く息をした。何故か、自分の身体の中で「誰か」の声が反響し始めたからだ。



『兄様の願いを叶えるために犠牲は仕方がない。犠牲など今更だろうに』


『何故、嘆く必要があるの。全ては兄様のためだ』


『でも、アイリスが泣いていたのは僕のせいだ。僕が彼女を傷付けた』


『僕は彼女の友達でいたかった。あの子が好きだ。ずっと笑っていて欲しい』


『僕は兄様の駒だ。兄様だけが僕の中心だ。他はいらない』


『きっと、アイリスに嫌われた。嫌だ、悲しい、嫌わないで。僕を、嫌わないで』


『兄様は僕を愛さない。でも、僕は兄様を敬愛している』


『アイリス、アイリス、アイリス。僕の、たった一人の友達。お願い、お願いだ。どうか、僕を拒絶しないで』


『愚かだ。兄様以外に感情を向けるなんて』


『違う、愚かなのは僕だ。友達を泣かせた僕が一番愚かだ』



 それはセリフィアが直接的に吐いた言葉とは別の場所から生まれた、自分の意思を持つ言葉達だった。


 何故、自分の身体の内側からそのような言葉が溢れ返っているのだろう。何も言っていないというのにこれではまるで、自分の中に別の意思が宿っているようではないか。


「っ、うるさい、うるさいっ……! 僕の中で、喋らないで! 意思を持たないで!!」


 両手で頭を抱えたまま、セリフィアが叫ぶと身体の中で蠢いていた声達は自我を失ったように静まり返った。


「うるさい……。分かっているよ……」


 頭から流れていた血はすでに止まっているというのに、溢れる涙は止まらない。


「分かっている……。愚か者は僕だって……。でも、そうするしかないんだ……。それしか、僕は知らないんだ……」


 考えることを許されないのは分かっている。それでも、自分は嘆くしかなかった。


 友人の心を傷付けてしまったことを詫びることしか出来ないのだ。

 何故、そう思うのかは分からない。ただ、そうするべきとしか分からなかった。


「ごめん、ごめんね……アイリス」


 彼女が自分へと冷たい視線を向けて来ることを想像したくはなかった。だが、これは決まっていることだ。


 自分達は最初から、相容れない関係に過ぎない。それを無理矢理に交えようとしている自分はきっと、悪と呼ばれるものになるのだろう。

 それを自分は快く受け入れる。


 だから、今だけはどうか、謝らせて欲しい。

 愚か者だと罵られても、自分の意思で謝りたいと心から思った。


「君を……傷付けて、ごめん……。ごめん、アイリス……」


 うわあぁっと、セリフィアは獣が慟哭するように泣き叫んだ。

 だって、持っていないはずの心が何故か痛むと感じたからだ。


 アイリスに悪い事をしたという自覚があるからだろう。それ故にセリフィアは自分の意思で、泣くことを選んだ瞬間だった。


 許されたいとは思わない。

 許して欲しいとも思わない。


 ただ、一つだけ、静かに願うならば。

 どうか、嘆くこの心を許して欲しかった。


 挿絵(By みてみん)


  

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