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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
昏き慟哭編
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追いかける理由

  

 白煙は次第に治まっていき、お互いの顔がはっきりと見え始める。見間違えるはずのない姿が目に映り、アイリスは何度目か分からない唾を飲み込んでいた。


「……」


 作られた静けさが漂い始める中、一歩前へと進んで声を上げたのはアイリスだった。


「セリフィア……? どうして、あなたが……」


 困惑した表情を浮かべながらアイリスが訊ねると、呼ばれた名前に反応するように、目の前にいる少女は顔を引き攣らせた。

 見られたくはなかった、と言わんばかりに。


 自分と歳の変わらない少女が他人の血で濡れたまま、そこに立っている。その光景がアイリスには信じられなかった。


 セリフィアが人を殺したことを受け入れられなかったのかもしれない。どうか今、自分が目に映しているものが全て幻であって欲しいと願わずにはいられなかった。


「セリ……」


「──違うっ!」


 アイリスがもう一度、名前を呼ぼうとした時だ。

 セリフィアは泣き出しそうな顔をしてから、そう叫ぶと、振り切るようにこちらへと背を向けた。


「おい、逃げるつもりだ!」


「っ、束縛せよ(リストレクション)!」


 教団の団員達が慌てたように束縛魔法をセリフィアへとかけようとしていたが、彼女はすでに防御魔法で身体全体を覆っているのか、全ての魔法が弾かれているようだった。


「油断しましたね……」


 ウェルクエントもどこか惜しむような声色で呟く。


 しかし、安易に踏み込めば、脆くなってしまっている床ごと真下へ落下するのは目に見えていた。今、セリフィアが立っている場所も揺れており、いつ崩れ落ちてもおかしくはない状況だ。


 団員達がしり込みしている間にもセリフィアはその場から立ち去ろうとしていた。


「セリフィア!」


 アイリスが手を伸ばしながら、叫んでもセリフィアは止まることはない。瓦礫と化した場所から逃げるように彼女は部屋から勢いよく飛び降りた。


 ふわりと舞ったように見えたのは、彼女が浮遊するための魔法をその身にかけているからだろう。まるで体重が感じられないような動きに見えていた。


「っ……」


 立ち去っていくセリフィアを追いかけるためにアイリスは思わず、彼女に向かって走ろうと試みる。

 しかし、アイリスの行動を先読みしていたのか、ブレアによって止められてしまった。


「行くな、アイリス!」


「ですが……!」


「奴は危険過ぎる! お前一人が敵う相手じゃない! ここは一度、立て直してから……」


 ブレアの制止を振り切るようにアイリスは腕を思いっ切りに振った。

 それまで繋がれていた手は一瞬にして断ち切られる。


「すみません、ブレアさん! その命令は聞けません……!」


「アイリスっ……」


 アイリスは「青嵐の靴(ブルゲイル・ブーツ)」の踵を素早く三回叩き、跳ねるように前方へと飛び出していく。

 ほんの一瞬だけ、ブレアの手がアイリスの腕を掠れたが、捕らえられることはなかった。


 アイリスが瓦礫となっている場所に足先を触れれば、次の瞬間、支えを失くしたように足場だったものが真下へと落ちて行く。


 だが、すぐにわずかな足場を強く蹴ってから、アイリスは空中へと舞うように跳んだ。


「アイリス!」


 背後からは自分を止める声が響いてくる。それでもアイリスはセリフィアを追いかけることを優先した。


 足場が失われている先には深い森が広がっている。壁が無くなったことで、外から入ってくる風に潮の匂いが混じっていた。


 ブリティオンの魔法使い達の遺体はセリフィアが部屋を崩壊させた時に、そのまま巻き込まれて床下へと落下していたようで、頭上を通り過ぎる際に無残な姿が一瞬だけ見えた。


 その光景から頭を引きはがして、アイリスは飛ぶことだけに集中する。


 屋敷の二階の部屋から飛び出たアイリスは外の芝生の上へと着地して、それから迷うことなく走り出した。


 視線を前方へと向ければ、森の木々の隙間から血で濡れた金色の髪が揺れ動きながら遠ざかっていく。


 ……セリフィア!


 彼女には訊ねなければならないことがある。

 だが、それ以上にセリフィアが先程、自分へと見せた表情の理由が気になって仕方がなかった。


 何故、彼女は絶望したような表情を浮かべていたのだろう。

 どうして、今にも泣きそうだったのだろう。


 だが、自分がこうやって追いかけている大きな理由はたった一つだった。


 ……セリフィアの力が、想像以上に強いものだって分かっている。返り討ちに合う可能性だってもちろんある。けれど……。


 それでも、自分は「友人」だと言って、笑い合った彼女を追いかけずにはいられなかったのだ。


 最善ではないことは分かっているし、他人からみれば無鉄砲で愚かしいと思われるだろう。

 例えそうだとしても、今にも泣き出しそうな友人を放っておくことなど出来なかった。


「……っ」


 セリフィアは魔法を使って、加速しているのだろう。その足の速度がゆっくりになることはない。


 アイリスの足もそれなりに早いはずだが、追いかけても小さな背中が見えるだけで、追いつけずにいた。


 ……それでも、追いつかなきゃ……!


 想像だけで、相手を認識することは簡単だ。

 だが、目の前で言葉や感情を交えなければ、本当の意味で相手のことを理解するなど出来ないのだろう。


 アイリスは青嵐の靴(ブルゲイル・ブーツ)を使って、出来るだけ地面に接触する時間を減らすために、跳びながらセリフィアとの距離を縮めて行くことにした。

 

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