表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
昏き慟哭編
617/782

身代わり


「──っ!!」


 叫びが、響く。

 目の前で起こったことが、現実であってはならないと拒絶するように。


 エレディテルの攻撃によって、アイリス達を囲っていた結界は粉々に砕け散っていく。それはまるで全てが無へと還るような光景に見えた。


 イリシオスの身体が鋭い風の攻撃によって、空中へと持ち上げられるように串刺しになっている。

 小さな身体が空中へと浮かび、細い手が支えを失くしたようにだらりと下がっていた。


 ざわり、とアイリスの血が身体の底から湧き上がってくる。


 イリシオスが死ぬ。

 目の前で起きている光景に対して、そう思ってしまえば、内側に秘めていた熱く燃えるような感情を止められずにいた。


 だが、アイリスが意識を手放す直前だった。


 かさり、と音を立ててアイリスの頬を撫でるように一枚の紙が触れ落ちて行く。


 視線をイリシオスへと向ければ、串刺しにされていたはずの彼女の身体からは白く細長い紙が爆散するように溢れかえっていた。

 アイリス達の視界は白い紙によって一気に埋め尽くされていく。


「何、が……」


 はらり、はらりと空中から落ちて来る紙を思わず手に取ってしまえば、それが「式魔」だったことに気付く。



「──全く、そう簡単にわしが教団の外に出るとは思わぬことじゃな」



 まるで、最初から自分が攻撃されることを知っていたような口ぶりがその場に響いた。


 舞うように式魔がその場を漂っていたが、ぱちんと誰かが指を鳴らしたことで、その音に反応するように一気に一つの場所に向かって収束していく。


 それはアイリスの従兄弟であるエリオスの手の中だった。

 ただの紙である式魔に自意識が備わっているのではと思える程に、エリオスの右手の上には一枚一枚が丁寧に折り重なってはまとまっていく。


 アイリスだけでなく、敵であるエレディテルでさえもその光景を呆然と見ているようだった。


 空間を埋め尽くしていた式魔が収束した後、アイリスはそれまでイリシオスの身体が浮かんでいた頭上を何気なく見上げてみる。


 そこには手に収まる程の小さな水晶が浮かんでいた。その水晶を覗き込んでみれば、イリシオスの小さな姿が映っていることに気付く。


「……ウィータ・ナル・アウロア・イリシオス。水晶越しだなんて、卑怯だと思わないのか」


 エレディテルがどこか恨めしそうにそう呟くと、イリシオスは水晶越しに腹を抱えて大笑いし始めた。


「ふぉっふぉっふぉ! お主達は言ったではないか、わしが話し合いの場に同席することが条件だと。だが、その条件の中に詳しい指定などなかったじゃろう? この身体で、直接参加しろとは一言も言ってはおらぬ。それ故に、わしは仮の姿を作ってもらうことで、この場に参加することにしたのじゃよ」


 ふわりと浮かんでいた水晶はそのまま、ゆっくりとウェルクエントの方へと近づいていき、彼の手の上へとすっぽりと収まった。どうやら、この水晶はウェルクエントのものらしい。


 現状況に驚いたまま動けないでいるアイリスの傍にすっと、ブレアがやって来て耳打ちする。


「さっきのイリシオス先生は、エリオスが式魔を使って、人間らしく見えるように精巧な人形を身代わりとして作っていたんだ。その人形に幻影魔法が得意なアーシーの魔法で先生の姿を映していたのさ。さすがに表情などの細かい動きは出来ない仕組みになっているから、顔を隠すしかなかったけれどな」


「え……」


「そして、教団にいる先生が持っている水晶と通信するために直接的に繋がっているウェルクエントの水晶を式魔の人形の身体の中に埋め込むことで、実際に先生が喋っているように偽装していたんだ」


 ブレアの口ぶりはまるで、最初からイリシオスが偽物だったことを知っているように聞こえた。


「だから、アイリス。……イリシオス先生は無事だ」


「っ……」


 その言葉に、アイリスは踏ん張っている足の力が抜けてしまいそうだった。


 イリシオスが生きている。しかも、安全なところから動いていないと知ってしまえば、安堵の溜息を吐かずにはいられなかった。


「──なるほどね。この僕が気付けない程に、違和感はなかったよ。教団で作られた魔法もそれなりに発達しているようだね」


 まるでこちら側を小馬鹿にするような言葉だったが、エレディテルの声は少しだけ震えているようにも聞こえた。


「……全く、自らの仲間を易々と殺した上に、イリシオス総帥の命まで狙うなんて。呆れる程に他者の命を軽々しく思っている方ですねぇ。……さて、どうしましょうか。殺した方が容易いかもしれませんが、僕としては『永遠の黄昏』だけでなく『ローレンス家』の情報も欲しいので、彼を生け捕りにしたいのですけれど」


 ウェルクエントが最初から余裕そうに見えたのは、この場にイリシオスがいないと分かっている故だったのだろう。この人には情報戦どころか知略戦も勝てそうにはない。


「生け捕りが一番難しいに決まっているだろうがっ! ただでさえ、結界を破る程の実力を持っている奴だぞ。生半可な気持ちで挑めば、俺達でさえ返り討ちになるだろうよ」


 ティグスが呆れたような声で返事を返す。それでもその手には狭い室内で使用出来るようにと刀身の短い剣が握られていた。


「……はぁ」


 その場に深い溜息が響く。溜息を吐いた人物はエレディテルで、彼はどこか残念がるような様子でこちらを見ていた。


「つまり、イリシオス総帥はここにはいないということでしょう? それならば、僕がここにいる意味はないかな」


 右手を水平に構えたエレディテルはぱちん、と指を鳴らす。


 すると、彼の隣で息絶えている者達が床や机の上に流している血液から、まるで注射器で吸い取られるように赤い一滴が四人分、空中へと浮かんだ。


 四滴の雫はそのまま、エレディテルの元へと集まっていき、彼はそれらを片手で掴み取ってから、ローブの下へと仕舞い込んだ。


「せっかくイグノラントまで来たのに、結局こいつらを殺しに来ただけか。……まあ、いいや」


 もはや、全てに興味が無いと言わんばかりの態度で、エレディテルはそう告げてから、こちらに背を向ける。彼が向かう先は外へと通じる窓だった。


 この場から立ち去るつもりなのだろう。だが、彼にはまだ問い詰めなければならないことがあるため、逃がすわけにはいかなかった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ