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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
昏き慟哭編
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見えない攻撃

 

 唸るような、もしくは恨めしく思っているような声がブリティオン側から漏れ聞こえる中、一つの掠れた声がその場に響いた。


「……単刀直入に答えよう。今、そちらから並べ立てられた案件について、我々『永遠の黄昏』は一切、関与していない」


 声音は老人のものだった。だが、こちらが思っているよりもそれ程、歳は取っていないようで、はっきりとした声で続きを紡いでいく。


「どの件も全て、ブリティオンのローレンス家が個人的に行ったことだ。それらに我々、組織の人間は関与をしていないと断言しよう。むしろ、ローレンス家によって、イグノラント側に犠牲者が出ているように、こちらにも多くの犠牲者が出ている」


「……どういうことか、説明して頂いても?」


 ウェルクエントの追究しようとする質問に、声の主は一番右側に座っている人物の方へと視線を向けたようだが、そのまま言葉を続けた。


「我々、永遠の黄昏に属する魔法使い達はローレンス家に逆らうことなど出来ない。逆らえば、命を奪われる。それが、現状だ」


「……」


 年老いた魔法使いはまるで、自分自身が告げた言葉に呆れているようにも、諦めているようにも聞こえる声色で告げる。


「彼らが何をしたいのか、何をしようとしているのか……もし、詳しく聞きたいならば、彼に直接訊ねると良い。……そこにいるのが、ブリティオンのローレンス家当主、エレディテル・ローレンスだ」


「っ……」


 その言葉に室内は一気に緊張によって張り詰められたものへと変わっていく。

 アイリス達は自然と、視線を一番右端に座っている人影へと向けていた。


 まるで空気圧のようなもので、身体全体を押し付けられている気分だ。この緊張感は一体、何だ。


 エレディテル・ローレンスからは殺気などは放たれてはいない。それでも、抗うことが出来ない程に、立ち込めるものの正体は何だというのか。


 ──いや、例えるならば、その静寂は「嵐の前の静けさ」だったのだ。


 一つ、息を吐いて。

 そして、瞬きをした時だった。


 だんっ、と身体に一瞬だけ鈍い痛みのようなものが走ったが、身体が後ろへと少しふらつくだけで、特に目に見えた傷はない。

 他の団員達もアイリスと同じように身体の体勢を崩しているようだった。


 いや、これは単に身体の体勢を崩しただけではない。身体を襲った重みは他者からの攻撃を防御魔法で防いだものだとすぐに気付く。


 恐らく、エリオスから事前に渡されていた魔符に込められた防御魔法が効いたのだろう。


 アイリスは物理と魔法の両方からの攻撃を防いでくれる「雨宿りの腕輪」に視線を移す。

 透明な腕輪には明らかに「ひび」が入っており、この一瞬において何かしらの強い攻撃を防いだことを物語っていた。


 その事実を確認してしまえば、思わず背筋に冷たいものが流れて行く。


 防御魔法を施したものを身に着けていなかったならば、自分はどうなっていただろうか。考えたくはないが、安易に想像出来てしまった。


「っ、結界が……!?」


 誰かの呟きが耳に入り、アイリスは視線をそちらに移そうとして、そしてある一点へと定まってしまう。

 視界の先にいるのはブリティオンの魔法使い達──だった、はずなのに。


 アイリスの視界は一瞬にして、真っ赤なものへと染まっていた。


「……え」


 何が、起きたのか。


 それを理解するのに時間がかかり、今、目に映っている光景が現実なのかさえ理解出来なかった。


「ぐはぁっ……」


「がっ……」


 鈍く、短い声がその場に響く。

 アイリスだけでなく、教団の魔法使い達でさえも、この一瞬で何が起きたのか分かっていなかった。


 それまで、ブリティオンの魔法使い達が五人、並んで座っていたはずだ。

 それなのに、どうして一番右端に座っている一人以外の人間達の身体から突然、血が噴き出たのだろうか。


 まるで噴水の水飛沫のように、赤い液体が弧を描き、床も台も壁も何もかもを真っ赤に染めていく。


 その光景をゆっくりと眺めながら、エレディテル・ローレンスは椅子から立ち上がった。表情を見ることは出来ない。


 だが、彼の視線が見下すように、冷たくなった者達を見ているのは分かっていた。


 彼が、殺したのだ。


 殺気が一つも漏れ出ないままの奇襲とも呼ぶべき攻撃が目の前で起こったというのに、判断するための脳が追いついては来なかった。


「っ、全員、構えろ!!」


 それまでアイリスのすぐ傍に控えていたブレアが叫びにも近い声を上げたことで、アイリスははっと意識を取り戻す。

 その場にいる魔法使い達はすぐに己の魔具を取り出して、構え始めた。


 「誰」を守るように構えたのか、エレディテル・ローレンスもすぐに分かったのだろう。彼は狙いをただ一人に定めて、魔法を展開し始めて来たのである。

 狙う相手はイリシオスだった。


「……思ったよりも、防御魔法の威力が強かったか」


 ぼそりとエレディテルは言葉を口にしてから、両手を構える。


「──透き通る盾(クラルティ・ミューレ)!!」


 次の瞬間、エリオスによってアイリス達の前に結界が張り巡らされていく。


 ダダッ、ダッ、ダダッ──。

 まるで連続して銃弾が放たれたように、エリオスの結界には見えない「何か」が接触しては消えて行く。


 アイリス達の目に見えない攻撃は恐らく、風魔法の一種だろう。この魔法を使って、気付かれることなく、静けさを携えたままブリティオンの魔法使い達を攻撃したに違いない。


 ……でも、どうして同じ組織内の人間を殺す必要があるというの。


 こちら側が知らない内部抗争でも起きているというのだろうか。同じ組織内の人間に対する攻撃に疑問しか浮かんでこなかった。


「っ……」


 ブリティオンの魔法使い達は一瞬にして絶命しているようで、指一本でさえ動くことはなかった。


 血を見てしまえば、それが例え他人のものであっても、脳内で思い出される光景はたった一つだ。


 吐きだしそうになるものを何とか抑えつつ、アイリスは室内で戦いやすいようにと引き抜いた「戒めの聖剣」の柄を強く握りしめては正気を何とか保たせる。


 何度か深呼吸をすれば、胃の中から何かを吐き出しそうだった気分の悪さは抑えられたが、鼻から入って来る冷たい匂いからは逃げられなかった。


 目の前で人が死んだというのに、今は自分の身を守ることで精一杯だった。気を抜けば、自分の身体であの赤い水溜まりを作ってしまうことになるのだろう。


 アイリスはただ、歯を強く食いしばり、エレディテルに隙が出来る瞬間を狙うことにした。

 

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