永遠の黄昏
開かれた扉から室内に入ってきたのは、黒いローブを纏った五人の魔法使い達だった。
だが、相手も顔を見られないようにとフードを深く被っており、どの人物がエレディテル・ローレンスなのかは一目、見ただけでは判別出来なかった。
「……ようこそ、いらっしゃいました。そちらの窓側の席へどうぞお座り下さい」
黒筆司であるウェルクエントが進行役のように、ブリティオンの魔法使い達を席へと勧めた。
彼らは特に言葉を発することなく、促されるまま用意された席へと向かう。
五人の人影が動いた瞬間、最後に部屋へと入って来た人物のフードの下から、金色の髪が一瞬だけ見えた。
……彼が、エレディテル・ローレンスなのかしら。
顔までは見えないが以前、セリフィアが彼女の兄であるエレディテルとは顔が似ていると言っていたので、恐らく一目見れば分かるのだろう。
彼らは窓際に並べられている椅子に、何か細工が施されていないか注意する素振りを見せながら、それぞれ着席した。
「さて、それではさっそく始めましょうか」
ウェルクエントがお互いに自己紹介をすることなく、話を進め始めるとブリティオン側からは少し焦ったような声が飛んできた。
「待ちたまえ。まずはお互いに名を紹介するのは先ではないのかね? こうやって、お互いの組織の上層部が集まるのは創設されて初めてのことだろう。名をお互いに名乗ることが礼儀ではないだろうか?」
アイリスから見て、一番左端に座っていた人影が声を上げる。顔は見えないため、声色で判断するしかないが、どうやら中年以上の男性だということは分かった。
中年の魔法使いからの意見にウェルクエントは、右手を口元に添えつつ、小さく首を傾げた。
「ふむ。それほど食い下がるのは『不老不死』と呼ばれているイリシオス総帥が一体、どなたなのかを判断するためですね?」
「……」
ウェルクエントの言葉に声を上げた魔法使いは口を閉じた。恐らく、図星だったのだろう。
「不老不死の魔女」であるイリシオスに興味を持つ気持ちは分かるが、探るように言われると良い気分はしないのが本音だ。
今、アイリス達はフードを深く被っていて、顔が見えないようにしている。そのため、ブリティオン側からも、どの人間が「イリシオス」なのか判断出来ていないのだろう。
こちら側にも五席、椅子が用意されており、そこにはイリシオスを含む他の魔法使いが五人、座っている。
顔を知らなければ、この五人のうち、誰がイリシオスなのか判別は出来ないはずだ。
「ただでさえ、イリシオス総帥は一歩も出ないと決意していた教団から出て、ここまで来ていらっしゃるのですよ?」
「だが、本人の姿を確認しない以上、総帥の参加はこの目で認められないものと判断するがそれでも結構かね?」
それはこれ以上の話し合いは進まないと脅しているような言葉だった。
「おや、それではそちらの長官となる方のお顔を見せて頂けるのでしょうか? でなければ、対等とは言えませんよねぇ」
ウェルクエントは挑発しているのではと思える程に、のんびりとした声で言い切った。
「はっきり言って、我々教団の人間はそちら側の魔法使いを一切信じておりません。もちろん、そちらも同じように思っているでしょう。……その身に危険が及ぶ可能性があるにも関わらず、わざわざ正体を明かして、自分が不老不死だなんて自己表明する愚かな人がいるでしょうか? いませんよねぇ? だって、あなた方だってフードを深く被ったまま、誰も顔を見せようとはしていないではありませんか。ほら、お互いに自分の本当の名前を相手に伝える気なんて、更々ないでしょう? 全て、自身への身の安全のために防衛しているだけですからね。ですが、『総帥』を話し合いに参加させるというそちらの要求はすでに満たしておりますので、これ以上の問答は意味がないと思いますけれどねぇ。あまり我儘を言われるようでしたら、そちらが不利になるだけですよ」
捲し立てるようにウェルクエントは一気に言葉を吐きだす。彼は表面上、笑ってはいるように見えるが、その表情の下には黒いものが隠されているように感じた。
「あなた方が我々に歩み寄りたいと思っているのならば、ぜひそのフードを先に脱いで頂きたいですね。それならば、我々も同じ条件を飲んで、このフードを脱がせていただきましょう」
「っ……」
ウェルクエントの言葉に、誰もが押し黙った。それはフードを脱げば、お互いに顔を見せることで、相手に歩み寄る姿勢として受け取られるからだろう。
この話し合いは決して、お互いの組織が歩み寄るために開かれたものではない。
『嘆きの夜明け団』が一方的に『永遠の黄昏』を追及するために開かれたものだ。決して、互いに手を取り合うために開かれたものではない。
そのことをブリティオン側も理解出来たのか、微かな舌打ちと共にそれ以上の言葉を呟くことはなかった。
「お互いにフードを被ったままで、宜しいですね? ……では、さっそく話に移らせて頂きましょうか」
ウェルクエントは念押しするように告げてから、彼の背後に控えていた人物へと振り返る。
背後に居たのはどうやらエリオスだったようで、彼は紙の束を抱えて、ブリティオン側へと近づいた。
突然、エリオスが近づいてきたため、相手は警戒したようだが、彼が持っているものが普通の紙だと気付いてからは、慌てた素振りを隠すために平静を装っているようだった。
「今、配布したそちらの資料をご覧ください。……そこにはブリティオン側の魔法使いによってイグノラント側の魔法使いや住民が被害を受けた事案について記載されています」
アイリス達の手元にはないが、席に座っている団員の前にはブリティオン側に配られた紙と同じものが用意されていた。
「まず初めに。……我が国のトレモント地方のトゥリパン村で起きた案件についてです。そこではとある人間を使って、ブリティオンの『永遠の黄昏』と関わりのある悪魔が死んだ者達の魂を違法的に収集していたという事実が載っています」
「なっ……」
ブリティオン側の魔法使いの一人が声を上げて、一番右端に座っている人物の方へと一瞬だけだが視線を向けたように見えた。どうやら、この件のことを知らなかったらしい。
「この悪魔は『混沌を望む者』と名乗っており、何でもブリティオンのローレンス家に属する悪魔のようですね? 彼が持っていた魔具となるものは教団側で回収させて頂きましたが、悪魔は飼い主のもとへと戻ったと聞いています」
ウェルクエントは淡々と告げているようだが、絶対に相手に話の流れを持って行かれないようにと、常に気を張っているようにも感じられた。
「次にこの悪魔『混沌を望む者』が教団を直接襲った件についてです。教団には多重結界が張ってあり、簡単には破れない構造になっていますが、そちらの悪魔はたった一人で、無理矢理に結界をこじ開けて侵入してきました。このことから、悪魔の背後には大きな力を持った協力者がいると我々は確信しました」
冷たい空気が静かに流れて行く。ブリティオン側の魔法使い達も、本当は言葉を言い返したいと思っているようだが、何とか自分自身を押さえているらしい。
「そして最後に。……オスクリダ島で起きた件についてです。島人達が魔物と化す所業を行ったセプス・アヴァールはブリティオンのローレンス家に支援を受けていると発したそうです。そちらのローレンス家は『永遠の黄昏』の幹部の一人だと窺っていますが、我々はこれらの件をローレンス家が独断で行ったことなのか、それとも組織が主体となってやっているのか、それを訊ねたいと思い、話し合いの場を設けさせて頂きました」
全てを言い切ってから、ウェルクエントは両手を机の上で組みつつ、首を傾げる。
「さて、弁明して頂きましょうか。──『永遠の黄昏』の皆様の口から直接、ね」
そう告げるウェルクエントの態度は一切の許しを与えないと言わんばかりに冷めて聞こえた。




