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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
昏き慟哭編
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静寂なる剣士

 

 両開きの扉を開けば、そこには会議で使われるような縦横に長い木製の台が置かれていた。随分と年代もののようだが、目立つような傷は付いていない。

 そして、左右に分かれるように椅子が並べられている。


 窓側がブリティオンの人間が座る場所となっているようで、アイリス達は左側となるイグノラントの席の方へと歩いていった。


 そこにはすでに椅子に座っている総帥のイリシオス、黒杖司(こくじょうし)のアレクシア・ケイン・ハワード、黒筆司(こくひつし)のウェルクエント・リブロ・ラクーザの三人が座っていた。


 三人はローブのフードを目深に被って、顔が見えないようにしている。彼らの身長差を知らなければ、ぱっと見ただけでは誰が誰だか分からないだろう。


「……アイリスもブリティオンの奴らが来る前に、顔が見えないようにフードを被っておけ」


「え? ……分かりました」


 ブレアに言われた通りにアイリスはローブのフードを被っておくことにした。見渡せば、その場にいる団員のほとんどが顔を隠すようにフードを被っている。


「──ブレアさん」


 後ろから声をかけて来たのはブレアより少し年下の青年だった。彼はフードを少しだけ外しつつ、声をかけてくる。

 だが、柔らかそうな髪質と穏やかな表情にアイリスはどこか見覚えがあるように感じた。


「ああ。セリルか。お前も無事で何よりだ」


「ええ。……隊を分けての移動でしたが、特に何事も起きませんでしたよ」


「妙に静か過ぎるところが逆に怪しくなるよなぁ。何も起きないならば、それが一番なんだが、ブリティオンの奴らが何かするんじゃないかと疑ってしまうな」


「そうですねぇ」


 穏やかな口調で返事を返すこの人物こそがセリル・リッツだとすぐに気付いた。アイリス達が以前、世話になったキロル・リッツの息子である。

 手合わせなどはしたことはないが、アイリスは彼のことを少なからず知っていた。


 セリルは穏やかな物腰で柔和な表情を浮かべつつ、相手を簡単に凌駕する剣の腕前を持っており、団員達の間では「静寂なる剣士(シレンス・フェヒター)」と言う二つ名で呼ばれているらしい。

 その実力から、次世代の魔物討伐課の課長か副課長に任じられるだろうとまで言われている。


 一度は手合わせをしてみたいと思っているが、私情を出すわけにはいかないので、何とか抑えることにした。


「やあ、こんにちは。アイリスさん達の隊も無事だったようで良かったよ。……それにうちの課のイトとリアンがお世話になったようだし」


 魔物討伐課に所属しているセリルだが、元魔物討伐課だったアイリスへの当たりはそれほど強くはないようだ。そのため、アイリスも内心は安堵しつつ返事を返す。


「いえ、私達の方こそ、イトとリアンには色々と助けてもらってばかりで……」


 アイリスが謙遜するように言葉を返すと、セリルは苦笑しながら首を横に振った。


「僕としてはあの二人と仲良くしてくれて、嬉しいと思っているよ。……特にイトは人付き合いが苦手だからなぁ」


 そう言って、セリルは笑うが、その姿にキロルが重なった気がした。


「出来るなら穏やかに話し合いが進むことを願うけれど、何が起きるのか分からないことだらけだからね。アイリスさんも気を付けて」


「はい、ありがとうございます」


 セリルはそれでは、またと告げてから、何かを確認するためなのかウェルクエントのもとへと向かった。


「……セリルの奴、キロルさんにまた似て来たなぁ」


「笑い方が特に似ていますよね」


 アイリスが同意するように頷くとブレアはどこか神妙な顔をしながらセリルの後ろ姿を見ていた。


 そこへ魔物討伐課の課長であるティグス・グラディウスと魔的審査課に所属しているエリオス、そしてアーシー・トルフィードが入って来る。


「屋敷周辺の警備配置、終わりました」


「念のために一般人が立ち入らないように、この森一帯に不可視と防音の魔法をかけてきたぞ」


 ティグス達から報告を受けたウェルクエントはこくり、と頷き返す。


「……これでとりあえず、準備は整ったと言うべきでしょうか」


 教団と組織の話し合いの場を整えたウェルクエントは一つ、深い息を吐く。


「あとはブリティオンの者達が到着するのを待つだけだが……。まだ、結界内には入っていないのか?」


 黒杖司であるアレクシアがウェルクエントへと訊ねると彼はゆっくりと首を横に振った。


「まだのようです。人数としては五名の方が参加される予定ですが、護衛を同伴していないみたいなんですよねぇ」


「護衛がいないなんて……相手は随分と余裕だな?」


 ウェルクエントの言葉にティグスが眉を大きく中央に寄せながら答える。


 確かに幹部の人間のみで、教団と話し合いをしようと思っているならば、穏便に済ませることを臨んでいるのか、それとも何かしらの策を用意しているのかと妙に勘繰りたくなる。


「ですよねぇ。だからこそ、用心しておくに越したことはないんですけれど。……──ああ、来たようですね」


 話の途中でウェルクエントの表情が一瞬にして鋭いものへと変わった。


 彼が周辺に魔力を探知するための結界を張っているというならば、その範囲内にブリティオンの魔法使い達が侵入してきた反応を受け取ったのだろう。


「それでは護衛の皆さんは私達の後ろへ。念のために防御魔法を多重でかけさせて頂きますが、あまり当てにしないで下さい。咄嗟の際には自らの判断で動くように」


 同い年とは思えない貫禄を醸し出しながら、ウェルクエントは穏やかな表情でそう言った。彼の平静が崩れることなどあるのだろうかとさえ思える。


 屋敷内の扉が開かれる音の後に、誰かの声が聞こえた。もしかすると、教団の団員がブリティオンの魔法使い達を案内しているのかもしれない。


 多くの足音が二階へ続く階段をゆっくりと上って来る。

 かつり、かつりと革靴の音が数人分、廊下に響く。


 そして、両開きの木製の扉はまるで大きな石を動かすように静かに開かれた。

 

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