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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
昏き慟哭編
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屋敷到着

 

 アイリス達が緊張感を微妙に保ったまま、部屋で休んでいると屋敷内に誰かが入ってくる音が聞こえたため、すぐに魔具を構えて立ち上がった。


 数人分の足音がこちらへと向かって来る。わざと足音を立てて、存在を知らしめているようにも聞こえるが油断は出来ないだろう。


 部屋の扉はゆっくりと開かれていく。

 だが、躊躇うことなく室内に入ってきたのは、自分達の上司であるブレアだった。


「ブレアさん!」


 アイリスが思わず明るい声で話しかけるとブレアはにやりと笑ってから答えた。


「おお、そっちも無事だったか。いやぁ、イリシオス先生が色んなものに興味を持たれたせいで到着予定時間を大幅に過ぎてしまったよ。遅くなってすまないな」


 どこか余裕ありげな笑みを浮かべているブレアにアイリス達は安堵の息を微かに吐いた。見たところ、怪我などはないようだ。


「──わしが悪いのではない。世間から離れておる間に、色々と面白いものが発達し過ぎているこの世が悪いのじゃ」


 そう言って、ブレアの後ろからひょっこりと小さな影が姿を現す。ローブを深く被っていて、顔はよく見えないが声色は確かにイリシオスだ。


「イリシオス総帥もご無事で何よりです」


 アイリスがそう告げるとイリシオスはこくりと頷き返しつつ、見上げてくる。この場にいる誰よりも身長が低いため、顔を上に向けなければ話しづらいのだろう。


「まあ、ブレア達によって厳重に守られておったからな。だが、思っていたよりも相手は静かじゃったのぅ。静かすぎると逆に余計なことを考えてしまいそうじゃ」


 今回の道中、アイリス達だけでなくイリシオス達にも危害を加えて来るような襲撃は起きてはいない。


 ブリティオンの組織がただの話し合いをしに来るとは思えないため、それなりに準備をしていたが、どれも空回りしているようだ。


 ……でも、何も起きないなら、その方がいいわ。


 誰も傷つかないならば、それが一番だ。


 こちらから、ブリティオンの組織の魔法使いへと攻撃を仕掛けることはまず有り得ないため、極力は戦闘行為を避けたいのが教団側の本音だ。

 双方に犠牲を出したいとは微塵も思っていないため、緊急時には攻撃よりも守ることが主体になってくるだろう。


 そこへ部屋の準備が出来たのか、ウェルクエントがやってくる。


「おや、イリシオス総帥、到着されたのですね。ご無事なようで安心しました。ブレアさん、他の護衛の方々も到着されていますかね?」


 ウェルクエントがブレアへと訊ねると彼女はすぐに頷き返した。


「ああ。ティグスさん達ならば、屋敷周辺を少し見回ってくると言っていた。すぐに戻ってくるだろう。ハワード黒杖司ならば、屋敷内を見て来ると言って席を外している」


「ふむ、どうやら入違っていたようですね。まあ、良いでしょう。とりあえず、イリシオス総帥にはそろそろ話し合いをする部屋に来て頂きたいのですが、宜しいでしょうか」


「うむ。……それでは、若者達よ。どうか、十分に気を付けてくれよ」


 イリシオスは静かにそう告げてからウェルクエントと共にその場を去っていった。


「それじゃあ、外の警備をするクロイド達も準備に取り掛かってくれるか。屋敷の外に居る奴に配置場所を聞いて、そこで待機していてくれ」


「分かりました」


「まだ何も始まってはいないが、気を付けてくれ。くれぐれもブリティオンの魔法使い達と顔を合わせた瞬間に戦闘に発展しないようにな」


 クロイド達はブレアに強く頷き返しながら部屋を出て行こうとする。アイリスがクロイドに瞳を向けると彼は、「大丈夫だ」と告げるような視線を返してきた。

 どうか、彼らが怪我をするような事態は起きないで欲しいと心から願う。


「アイリスは私と共に来てくれ」


「はい」


 ブレアと共に、アイリスは屋敷の階段を上っていく。階段を踏むたびに、ぎしっと掠れた音がたった。


 よく見れば、階段も廊下も埃一つ落ちてはいなかった。ブリティオンの人間を迎えるにあたって、隅々まで掃除されたのだろう。


「……アイリス。今から始まる話し合いの場にエレディテル・ローレンスがいたとしても、挨拶も無しに斬りかかるようなことはするなよ?」


「なっ……。……しませんよ、そのようなこと」


 アイリスが頬を膨らませながら答えると、ブレアはくっと唸るように笑った。


「冗談だ。……そのくらいの思慮分別は出来るだろうからな、お前は」


 団服を着たブレアは普段よりも一段と遠い存在にも見えた。


「……だが、何が起きても自分の意思だけはしっかりと保て。いいな?」


「……はい」


 ブレアの言葉には意味のある含みが込められているため、はっきりとは理解出来なかった。

 それでも、絶対に自意識を手放すようなことだけはしないようにしようとアイリスは強く決意する。


「少し緊張しているくらいがちょうどいい。……話し合いと言っても、これから行われることは言葉による戦闘行為だ。相手に隙を見せてはならない」


「はい」


「……まあ、本音を言えば私も少しだけ緊張はしているけれどな」


「ブレアさんでも緊張することってあるんですか?」


 階段を上り切って、アイリス達は話し合いが行われる部屋へと進んで行く。広い屋敷だというのに、静けさだけが響いていた。


「もちろん、あるさ。……未来を一欠けらとして予見出来ない事態には特に、ね」


 アイリスは隣を歩くブレアの顔を静かに見上げてみる。彼女の視線は少しだけ細められており、いつもよりも表情に厳しさが増していた。

 

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