屋敷到着
アイリス達が乗っていた汽車が到着したマタン地方のジャサントは終着駅でもあった。
海からは駅が離れているはずだが、どこからか潮の香りが流れてきて、オスクリダ島で過ごした日々のことを思い出してしまう。
だが、それを表情に出すことなく、アイリス達は総帥であるイリシオスに扮しているイトを護衛する形を取りながら、まずは朝食を購入しようと店に寄ることにした。
駅の近場にサンドウィッチの専門店があったので、そこで各々好きなサンドウィッチと飲み物を買ってから、駅前の広場に置いてあるベンチに座って朝食を食べ始める。
早朝であるからなのか、駅を利用する人はそれなりに多い。だが、それぞれが忙しそうに通り過ぎ去っていくため、アイリス達を気にかける視線を送る者はいないようだ。
念のためにクロイドによって、自分達の周囲には見えない防御魔法の結界が張られていた。そのため、少しだけ気を緩めつつ、朝食を味わうことが出来た。
「もぐもぐ……。えーと、ここからは馬車を借りて、少し離れた森まで行くんだっけ」
リアンの言葉にアイリスは軽く頷き返す。
「確か、教団側が事前に用意してくれている馬車が駅の近くに停まっているはずだから、それに乗って目的地の屋敷に行くことになるわね」
「うん、了解」
「……周囲には魔力を持った人間はいないようだ。ブレアさん達にもそのうち会うだろう」
「そうね」
本物のイリシオスを守るためにブレアやティグスといった実力者で固められているのが本隊である。
また、その本隊とは別にエリオス達も隊を分かれてから行動しているらしい。
集合場所である森の中の屋敷まで、顔を合わせることはないのだろう。
「それでは朝食を食べ終わり次第、さっそく馬車を探して乗りましょうか」
イトはサンドウィッチの一欠けらをごくん、と飲み込んでから、軽く両手を叩いてパン屑を払った。
「もしかすると、すでにブリティオンの魔法使い達もこのジャサントに到着しているかもしれないから、お互いに気をつけて行きましょう」
アイリスの言葉に三人は同時に頷き返す。
朝食を全員が食べ終わってから、アイリス達は教団側が用意してくれている馬車を見つけて、それに乗り込んでから森へと向かった。
クロイドは御者に気付かれないように馬車全体に防御魔法をかけていく。アイリス達も突然の襲撃に備えて、いつでも武器や魔法が扱えるようにと構えておくことにした。
馬車を扱う御者には知り合いから、森の中にある屋敷に招かれたとだけ伝えている。
自分達と同じように森の中へと連れて行って欲しいと頼んだ客がいたかどうかを聞けば、昨日の夕方、同じような格好をした若い男性達を屋敷の近くまで運んだと言っていた。
もしかすると、黒筆司であるウェルクエントが事前準備のために先に現地入りしているのかもしれないとふと思った。
そんなことを思っているうちにアイリス達が乗っていた馬車は目的地である屋敷近くに辿り着いた。
御者にお代を払おうとしたが、すでに先払いしてあるからと断られたため、四人はお礼だけを告げることにした。
馬車が道を引き返して行くのを見送ってから、アイリス達は一つ、深い息を吐く。
「とりあえず、今のところ、襲撃や接触はないようだな」
クロイドの声に合わせて、アイリス達は周囲をゆっくりと見渡していく。
緑ばかりしかない木々の隙間にぽつりと見えたのは人工物である建物だ。
「ああ、あの屋敷が目的地のようですね」
イトも外套の下、剣の柄を右手で握りながら周囲を警戒しているようだ。
「では、行きましょうか」
目的地は目の前だが、それでもいつでも襲撃に対応出来るようにと気構えたまま、アイリス達は屋敷へと続く道を歩き始めた。
歩くたびに視線の先に映している屋敷の全貌が見えて来る。
屋敷は全体的に古びているようだが、それでも廃墟というわけではなかった。蔦が壁を上るように沿っており、どちらかといえば趣がある佇まいにも見える。
壁や屋根はどこも壊れている部分は見えず、建てられてからそれなりに月日は経っているようだが、手入れを怠らなければ人が住める屋敷として使えるだろうと印象を受けた。
「……数人分の魔力が感じられるな」
ぽつりとクロイドが呟く。彼の視線は静かに屋敷へと向けられていた。
屋敷の扉の前へと辿り着いたアイリス達が息を潜めつつ、屋敷の扉に手を伸ばそうとした時だ。扉は向こう側から開かれることになる。
「っ……」
扉が開かれた瞬間、アイリス達は思わず身構えたが、開けた人物を瞳に映せば、その警戒はゆっくりと解かれた。
「……ここまで、無事で何よりだ」
扉の内側に立っていたのは、同じ団服を着ている、アイリスの従兄弟──エリオス・ヴィオストルだった。




