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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
昏き慟哭編
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イトの話

 

「……私の本名がユキ・イトウと言って、遥か東方の島国の血を受け継いでいるという話は以前したことがありましたよね」


「ええ」


「私の父は……その国では『(さむらい)』と呼ばれていました。……そうですね、この国の言葉で言うならば、『剣士』という表現が似合うでしょう」


 イトは父親のことを思い出しているのか、細められた瞳は一瞬だけ揺らいだように見えた。


「父は若い頃、己の剣術を極めるためにその島国を出て大陸へと渡りました。剣術の修行をしながら、自分を磨いていったのです」


 その話はきっと、イトが父親から聞かせられたものなのだろう。それを一つずつ紐解いては、アイリスに話してくれた。


「色んな国を巡っていた父はイグノラントへと辿り着きます。そこで、どのような出会い方をしたのかは知りませんが、私の母となる人と恋に落ち……そして、私が生まれました」


 イトは静かに自分の左手に視線を向ける。震えてはいないが、何故かその手は小さく見えていた。


「母は元々、身体が強くはなかったようで、私が小さい頃に亡くなったそうです。それから、私は父に連れられて、国中を旅するようになりました。私の剣術もその道中、父から直接教わったものです」


「だから、見たことのない構え方や剣の振り方が多かったのね」


「ええ。東方の剣は西方の剣と比べて、少しだけ刃が反っているのです。なので、扱い方が少し変わってくるんですよ」


 イトの剣術はアイリスが持っている技術とかなり違う。それでも彼女は我流による取得が多いのか、東方と西方の剣術を上手く自分のものとして取り込んでいるようだった。


「色んな場所を旅しては、修行する日々を送りました。父は優しくもあり、厳しくもありました。何事も一人で出来るようになれ、というのが父の教えでした。……今思えば、娘思いの良い父親だったと思います」


 過去に想いを寄せているイトの表情は決して、辛いものではなかった。

 ただ懐かしくて、少し寂しくて──そんな表情が入り混じっていた。


 彼女だって、アイリスと同じ年頃の少女に過ぎない。強靭な身体や鋼の精神を持っているわけではないのだから。


「ですが、ある日……私と父はとある魔物に襲われたんです」


「っ……」


 アイリスが言葉を失ったように絶句し、目を見開く。イトはどこか申し訳なさそうな表情をしながら、話の続きを言葉にした。


「かなり特殊な力と知性を持った人型の魔物でした。父も必死に戦いましたが……私の目の前で殺されました。父に力が及ばない自分では、得体の知れない魔物相手にどうすることも出来ないと早々と死を覚りました」


 ですが、とイトは言葉を続けた。


「魔物は私の胸元にとある物を埋め込んできたのです。それは赤い石でした」


「赤い石?」


「はい。……魔具のような物と言えば分かりやすいでしょうか。その魔物が持っていたもので、彼は私にその石を埋め込んでから、こう言いました。『千の魔物の魂を入れた時、僕はその石を回収しに来る。それまでせいぜい、足掻く(すべ)でも鍛えているといい』──と」


「……」


「その魔物は少し変わった趣味を持っていて、訳ありの宝石を収集するのが趣味でした。……誰かの血が固まった宝石や、いわく付きの呪いの宝石……。その中に新たに加える作品の一つとして完成させるために、私は未完成だった石を身体に埋め込まれたのです」


 その時、イトが先程、胸元に手を添えていた理由に気付いたアイリスは目を瞠った。イトはその通りだと言うように、頷き返してくる。


「この胸元に、石はありました。その石には呪いがかけられていて、魔物を自然と引き寄せる性質を持っていたのです」


 イトの言葉にアイリスは思わずはっとする。

 もしや、彼女が一年前に他人とあまり関わりを持たず、一匹狼を貫いていたのは、魔物を引き寄せる体質を持ってしまった故では、と気付いたからだ。


 他人に迷惑をかけないようにイトが人との関わりを避けていたと知ってしまえば、何とも言い難い感情が胸の奥にぽつりと浮かんだ。


「……つまり、イトを媒体にして魔物の魂を集めるための……」


「そうです。私は道具にされたのです」


 アイリスが言い淀んだ言葉をイトははっきりと言い切った。


「その魔物は言っていました。魔物の千の魂を閉じ込めた石は何よりも強い力を持ち、そして美しく輝く作品になるのだと。でも……」


 イトはぐっと拳を強く握りしめ直す。表情には後悔と憤怒が隠れていた。


「それならば何故、父は殺される必要があったのか、と魔物に直接訊ねたのです。すると彼は笑ってこう言いました」



 ──珍しい魂を持つ人間だったから、作品として宝石にその魂を宿したものが欲しかった。だが、魂を狩る前に逃げられてしまったんだ。もう、ここにはその男の魂はいない。

 その埋め合わせで君を使って、新たな作品を作ることにした。多少なりとも魔力を持っている君ならば、きっと素晴らしい作品を作ってくれるだろう。

 どうか、たくさんの魔物を殺してくれ。そして僕への憎悪と怒りを携えて、君だけの宝石を作り上げてくれ。



 幼いイトへと告げた魔物の身勝手な言葉にアイリスも同様に怒りを覚えた。結局、他人の手を使って、自分は楽に欲しい物を得たいという魂胆が窺えたからだ。


「父を失い、呪われて……。それでも私は泣くことも絶望することも出来ずに剣を握り直すしかありませんでした。魔物の魂を千体、集めればあの憎々しい魔物が石を回収しにやってくる……。それならば、その手を利用していつか顔を合わせる際に必ず奴を討ち取ってやると心に決めたのです」


「……強いのね」


 アイリスが爪を指に食い込ませながら、そう告げるとイトは苦笑しながら首を横に振った。


「他に生きるための目標が持てなかっただけですよ。……私には復讐しかなかったんです」


 復讐、という言葉にアイリスは唇を噛んだ。イトも同じように大事な人を魔物によって失くしており、その相手に復讐を誓って、生きてきたのだろう。

 どことなくお互いに似ている気がして、他人事とは思えなかった。

 

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