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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
昏き慟哭編
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強情

 

 静けさが生まれた室内で、一つの声が響く。


「アイリス」


 振り返れば、眉を深く中央に寄せているクロイドの姿があった。

 彼はアイリスの両肩を掴むと、瞳を少しだけ揺らしながら、戸惑うような視線を向けて来る。


「本当に両組織の話し合いの場に参加したいと思っているのか。向こうが教団側に手を出さないとは言い切れない状況下だぞ? たとえ、不可侵の条約を結んでいたとしても、裏切らないとは限らないと分かっているのか?」


「ええ、もちろん分かっているわ。……イリシオス様も同席になる可能性もあるならば、更なる用心をしないといけないだろうし」


 不老不死の身を狙われるイリシオスだが、本意では教団を囲う結界の外に出るべきではないと彼女ならば考えるに違いない。


 アイリスも同じように思っているが、その辺りの話は上層部とイリシオスの間で決められることになるのだろう。


「……いつかは、ローレンス家の当主として、話をしなければならないと思っていたの」


 セリフィアがイグノラントへと訪れた時から、抱いていた。


 自分はブリティオンのローレンス家のことを深くは知らない。

 それ故に知りたいと思ったが、たとえ今まで以上にブリティオンのローレンス家のことを知ったとしても、彼らがこれまでに行ったことに対して共鳴するものなど一つもなかった。


「ちょうど良い機会だわ。エレディテル・ローレンスがどんな人間なのか、見極めるための」


 向こうはこちらを知っているようだが、アイリスはエレディテル・ローレンスに会ったことさえないため、人物像が掴み切れていなかった。


「……だが、向こうは君を狙っているかもしれないんだぞ? セリフィアがイグノラントへ訪れた理由を忘れたわけではないだろう?」


「ええ。……でも、エレディテル・ローレンスは魔力無し(ウィザウト)のことを良くは思っていないとセリフィアは言っていたわ」


 それ故に、自分がエレディテル・ローレンスの伴侶に選ばれることはないとアイリスは首を振った。


 魔力を持っているという誇りだけを見て、純粋な血筋を大事にしている一族ならば、アイリスのことは異物として見て来るかもしれない。


 アイリスの血筋はローレンス家と、貴族であり魔法使いでもあったヴィオストル家の血筋が混じっている。「魔法使い」の血筋としては申し分ないほどに純血統でもあった。

 それでも「魔力無し(ウィザウト)」であることだけが全てを台無しにしてしまうに違いない。


 アイリス自身は以前と比べれば魔力無し(ウィザウト)である自分のことを嫌ってはいなかった。

 それは恐らく、クロイドという唯一の存在が自分には出来たからだろう。


「……君は強情だから、一度決めたら中々覆そうとはしないからな……」


 クロイドはまだ納得出来ないと言わんばかりの表情で深い息を吐いた。


「あら、クロイドは頑固な私は嫌いかしら」


 口先を少しだけ尖らせながらアイリスが訊ねるとクロイドは困ったような表情をして答えた。


「いつもの君だろう、頑固なところは。……嫌いではないが、その強情で真っすぐなところは見ていて心配になるんだよ」


 だから、とクロイドは言葉を続けた。


「俺もブレアさんにかけあってみるよ。さすがに人数が決まっている話し合いの場に参加するのは難しいだろうから、その途中まででも君の護衛として傍に控えて、咄嗟の状況に応じることが出来るように待機しておきたい。何が起きるか分からないからな」


 真面目な表情でクロイドがそう言ったので、アイリスは嬉しさと申し訳なさを胸の奥に隠しつつ、肩を竦めながら言葉を返した。


「クロイド……。あなた、やっぱり重度の心配性だわ」


「君がお転婆過ぎるんだ。それに過度の心配をする対象は君限定だ」


 クロイドがわざとらしく溜息を吐いたため、アイリスも苦笑を返した。


「ありがとう、クロイド。……意気込んではいたけれど、エレディテル・ローレンスと会うのは少しだけ怖いとも思っていたの。でも、あなたがいれば、きっと大丈夫だわ」


 アイリスは少しだけ縋るようにクロイドの左肩に額を添えた。


「あなたがいれば、私は強くなれるの。……本当よ?」


「……たまに強がり過ぎて、逆にこっちが不安になる時もあるけれどな」


「まあ」


 確かにクロイドの言葉に思い当る節はたくさんあるので、アイリスはとりあえず小さく睨み返しておくことにした。


「……ブレアさんにはまた迷惑をかけることになってしまうわね。自分の身は自分で守れるようにしておかないと」


「君には俺が防御魔法をかなり強めにかけておくよ。それと他にも防御に特化した魔具を身に着けておくといい」


「私ばかりを気にかけるだけじゃなくて、あなたもちゃんと自衛してね?」


「分かっている」


 お互いに微かに笑いあっていても、その中に緊張は含まれていた。クロイドはそんなアイリスをお見通しなのだろう。


 ……エレディテル・ローレンスに会うのは怖い。けれど、問いたださなければならない。


 彼らは──ローレンス家は一体、何を行おうとしているのか。

 そして、何を求めているのか。


 ……分からないままでは、いられない。


 逃げないために、知らなければならない。たとえ、ローレンス家が行おうとしていることに、自分が関わっているのだとしても。


 アイリスは絶対にクロイドに覚られないようにと、一抹の不安を表情の下へと隠したまま、苦笑していた。

 

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