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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
昏き慟哭編
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不可解な要求

 

 いつものように「奇跡狩り」の任務をこなしつつ、新人であるライカを鍛える日々を送っていたアイリス達のもとに、ブレアから一つの話が舞い込んできた。


「えっ……? 教団とブリティオンの組織の話し合いの場に、イリシオス総帥を参加させる……?」


 魔具調査課の課長室へと来るように呼ばれたアイリスとクロイドは、防音の結界が張られた部屋で、堂々と腕を組んで椅子に座っているブレアへと訝しげな瞳を向けた。


「確か、イリシオス総帥はその身が不老不死であることから、教団の外には出ないようにしていると窺っているのですが……」


「アイリスの言う通りだ。……だが、向こうの組織は話し合いに応じるかわりにイリシオス先生がその場に同席することを求めてきた」


「そんな……」


「『永遠の黄昏』からは組織をまとめる長官や幹部の魔法使いが参加するらしい。思っていたよりも、大事になりそうだ」


 ブレアの言葉にアイリス達は目を見開く。つまり、両組織の長を統べる者同士による対談を実現したいと向こうは要求しているということだ。


 そのようなこと、互いの組織が創られてからは一度も行われたことはない。せいぜい、総帥の代行者が話し合いに参加していただけだ。


「何故、向こうの組織はイリシオス総帥を……」


「分からない。……ただ、イリシオス先生を同席させないのであれば、話し合いには応じないとまで、言ってきた。それ故に、何かが企まれている気がしてならないな」


「……」


「それと……幹部の中にはブリティオンのローレンス家の当主も含まれている」


「っ!」


「エレディテル・ローレンス……」


 ごくりと喉を鳴らすように呟けば、視界の端のクロイドの両拳がぎゅっと握りしめられるのが見えた。


「彼がこの話し合いに参加するかどうかは分からないが……可能性はあるだろうな」


 エレディテル・ローレンスは何かを企んでいる。それは分かっていても、彼が一体、何を行いたいのかまでは分からないでいた。


 ブリティオンのローレンス家とイグノラントのローレンス家。


 二家に分かれた家の確執は埋まることなく、現代まで続いている。それ故に、彼らの存在をアイリスは認知していなかった程だ。


 恐らく、当主として座を受け継ぐ際には前当主から、様々な話を聞かされる予定だったのだろう。

 だが、ローレンス家の当主であった母はアイリスに伝えることなく亡くなってしまった。


「……ブレアさん」


 アイリスはいつの間にか、ぼそりと呟いていた。


「その話し合いに参加する教団側の魔法使いの名前を教えて頂くことは出来ますか」


「……」


 ブレアはアイリスが何かを考えていると察したのか、眉を一瞬だけ中央へと寄せていた。


「イリシオス先生を除いて、黒杖司が一人と課長が二人、それと護衛として魔物討伐課と魔的審査課から二人ずつ参加する予定だ。……もしかすると黒筆司も参加するかもしれない。彼がこの話し合いの場を整えてくれたからな」


 ブレアの返事にアイリスは黙り込む。


 もしかすると、話し合いの場にブリティオンのローレンス家が参加するかもしれない。その話を聞いた途端、何かがゆっくりと込み上げてきたのだ。


「……私も参加することは可能でしょうか」


「……」


「アイリス!?」


 クロイドは驚きの声を上げたが、ブレアはアイリスの言葉を予想していたのか、特に反応はなかった。


「理由を聞いてもいいか」


「……私は今、イグノラントのローレンス家の当主です。ローレンス家の最後の一人、です」


 アイリスの呟きにクロイドが一瞬だけ表情を歪める。それすらも無視して、アイリスは言葉を紡いだ。


「もし、ブリティオンのローレンス家がこちらに干渉しようとしているならば、その理由を直接、問いただしたいのです」


「……問いただして、どうするつもりだ。お前の意思に反する答えが返ってくるかもしれないぞ」


「分かっています。……きっと、話しても分かる相手ではないでしょうし」


 エレディテル・ローレンスは得体の知れない人物だ。それこそ、セリフィアの話から聞く限り、良い印象は持てなかった。


「私の意思に……いえ、ローレンス家の意思に反する答えが返ってきたのならば、今後一切の関わりを隔て、二家の血を交えることは一生無いと突きつけるつもりです」


「向こうが暴挙に出るかもしれないぞ?」


「その時は刃を向けます」


 かつて一つだった、ローレンス家。だが今、二つに分かれたことで、それぞれが抱いているものは別物となっていった。


 価値観や感情の違いだけではない。恐らく、長い時間によって隔てられたことで、混じることが出来ないものとなってしまったのだ。


「私は……今回のオスクリダ島の件も、教団を襲撃した件も、ラザリー・アゲイルが関わっていた件についても、全てローレンス家が関わっていたというならば……」


 分かつ二家は、同家ではない。

 もう、同じではないが、それでも──。


「ローレンス家の当主として、『ブリティオンのローレンス家』を許すことは出来ません」


 アイリスは真っすぐとブレアに挑むような視線を向け続ける。


 これは、アイリスの我儘だ。エレディテル・ローレンスと対話したところで、彼らの企みを完全に止めることが出来る保障はない。

 それでも、意思を押し通すための声を上げることは出来るはずだ。


 ──イグノラントのローレンス家は、ブリティオンのローレンス家と関わることは一生ないと。


 そのために当主として拒絶を見せなければならないと思ったのだ。


「向こうがお前に手を出さないとは限らない。それでも参加したいと望むのか」


「はい」


 迷うことなく答えれば、ブレアは小さく唸りながら、腕を組んだ。やがて、彼女はゆっくりと眼鏡を上に上げてから返事をする。


「……分かった。お前の要望が通るか分からないが、上層部にかけあってみよう」


「宜しいのですか?」


「ああ。まだ、話し合いの場に誰を出席させるかについて、詳しく決まっているわけではないからな。……ただ、参加することが決まれば、それ相応の覚悟を持っておいた方がいいだろう。命の危険が伴わないとは言い切れないからな」


「はい」


 ブレアはすぐに上層部のもとへと進言しに行くつもりのようで、椅子から立ち上がった。


「……それと、このことは他の者には漏らさないように。特にライカには……黙っておいた方がいいだろう」


「……はい」


 ライカにとって、ブリティオンのローレンス家はもしかするとオスクリダ島の件についての黒幕とも言える存在だ。

 彼の心にこれ以上、負担をかけないためには覚られてはならないだろう。


 ブレアはそのまま課長室から出て行き、その場にアイリスとクロイドだけが残された。

 

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