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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
昏き慟哭編
601/782

磨り減るもの

 

 ブリティオン王国 ローレンス家──。


 スワルード伯爵の屋敷から「吸血鬼の血結晶」を持ち帰ったセリフィアは血に濡れた服から清潔な服装へと着替えて、兄であるエレディテルにどのようなことが屋敷内で起きたのか、報告をしていた。


 時間は深夜であるため、執務室以外の部屋に灯りは灯っていない。それでも室内は薄暗く、ランプの柔い明かりがエレディテルとセリフィアの顔を照らしていた。


「ふん……。スワルードの奴らは最初から騙し討ちをするつもりで、我らローレンス家を屋敷へと招き入れていたんだな。それにしても、お粗末な作戦を立てていたものだ」


 そう呟くエレディテルはさして、興味もないと言わんばかりの口調だ。


 それよりも彼の視線が向けられているのは美しい細工が施された赤い結晶だ。

 月明りの下で、赤い結晶は妖艶な輝きを放っている。ずっと眺めていたら、魅入ってしまいそうなほどに輝かしい石だ。


「まあ、どうせいつかは裏切るだろうと思っていた。普段から、あいつの笑みは嘘にまみれて見えたからな。……今回の件で、他の奴らもローレンス家に敵わないことくらい改めて自覚出来ただろう。良い見せしめになった」


「……」


 恐らく、褒められたのだろう。セリフィアはエレディテルに向かって軽く頭を下げ返した。


 自分はこの褒められる一瞬のために、命令をこなしていると言ってもいい。エレディテルに褒められる時こそ、自分の存在がそこに確かに在ると確認出来るからだ。


「この石から血液を抽出し、試しに飲んでみるが……それでも、古の血から情報を上手く読み取れるとは限らないからな。やはり、不老不死の血は必要となるだろう」


 エレディテルは赤い結晶を執務机の上へと置いて、今度はセリフィアへと視線を向ける。どうやら別の話をするつもりらしい。


「先日、幹部の奴らを始末するという話をしただろう」


 エレディテルは執務机を指先で、とんとんと軽く叩きながら話題を変える。


「はい、覚えております」


「ちょうどいい機会が巡ってきた。……今度、イグノラントとの話し合いの場に幹部の人間が参加するつもりらしい。そこで、その場に教団の総帥であるウィータ・ナル・アウロア・イリシオスも参加するように仕向けろ。幹部の奴らにはあの不老不死の魔女を絶対に参加させるようにと圧力をかけておけ」


 エレディテルはふっと妖艶な笑みを浮かべた。そこにどのような意味が含まれているのか、セリフィアは読み取れなかった。


「話し合いの場をお前が襲撃するんだ」


 その言葉に、どくりと心臓が鳴った気がした。唾を喉の奥へと飲み込みつつ、セリフィアは出来るだけ平静を装いながら、訊ね返した。


「……つまり、幹部の人間を始末すると同時に、不老不死の血も手に入れろ、ということですね」


「ああ。……俺にも参加するようにとの通達が来たが、恐らく隙を見てこちらの首を掻くつもりだろうな。それに、組織の長官と幹部から、イグノラントから来ている抗議内容はローレンス家の個人的な仕業だろうとわざわざ文句を並べた文書を送ってきやがった。まあ、そのまま暖炉の中に紙屑として放り込んでおいたけれどな」


「……では、僕が兄様の替え玉として、話し合いの場に参加しましょうか。幻影魔法を使えば、彼らに気付かれることはないかと」


 自分よりも魔力が高くなければ、幻影魔法を見破ることは出来ないだろう。

 セリフィアがそう告げるとエレディテルは面白いと言わんばかりに口の端を上へと上げた。


「いいじゃないか。奴らがどれ程、お前の幻影魔法に気を取られるか、見物だな。……だが、あの不老不死の魔女のことだ。何かしらの魔法を身体に施して、傷が付かないようにと準備してくるだろう。その場合は……まあ、後日、ハオスの奴が血を回収しに行くから、あいつに任せるしかないな」


「……そうですね」


 ハオスには大掛かりな命令が与えられている。彼はそれを楽しみにしているようだったが、恐らく実行される日までそう時間はないのだろう。


 今後、どのようなことが起きるのか、セリフィアは知っている。

 大きな犠牲が生まれることも、アイリスから自分が憎まれることが始まるのも。


「──セリフィア。幹部の始末、頼んだぞ」


「……はい」


 セリフィアは真っすぐエレディテルを見つめながら、はっきりとした声で答える。


 お互いに兄妹としての情などは、存在していない。そこには命令する者と、その命令を実行する者の関係があるだけだ。


 エレディテルから情のこもった心なんて、一度も受けたことはなかった。それを望むのは今更だとセリフィアも分かっている。


 セリフィアは次の命令を受け取ってから、エレディテルに一礼し、執務室から出て行く。


 命令を実行することだけに、存在の意味を与えられなくても、それでも構わなかった。


 この命令が無事に遂行したら、また褒められるだろうか。

 次の命令は何だろう。


 今度は、人に手を下さなくていい命令だと嬉しい。

 慣れていることとは言え、何だか少しずつ気持ちと身体が疲れていく気がしてならないのだ。


 ……おかしいなぁ。ご飯も睡眠もしっかりと摂っているのに。


 それでも何かが磨り減っていく気がしてならなかった。

 名前を知らない何かが削れて行く。止まることなく、底に落ちていくように。


 気にしていても仕方がないとセリフィアは首を振り、エレディテルから新たに命じられたことを遂行するための準備へと向かった。

 

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