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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
裏の教団編
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誘い

    

 カインの件が終わり、押収した魔具についての報告書をブレアに提出しに行ったが、夜の時間帯なので自室に戻っているか、席を外しているらしく課長室にはいなかった。


 仕方なく報告書だけを机の上に提出して、魔法課へと「封魂器(ふうこんき)」を預けてからアイリス達はそれぞれの部屋へと戻ることにした。


 クロイドは男子寮なので、途中からはミレットと二人で女子寮へと戻る。ハルージャは一緒に行く理由はないといって、先に帰っていったが。


「はー……。やっと終わったわねぇ」


 ミレットは外回りの仕事が少ないので、体力はあまりない。そのためなのか、すでに眠そうに欠伸をしていた。


「そうね。でも、何か納得がいかないことばかりなのよね……」


「あ、アイリスも? 実は私もなのよねぇ。うーん……。とりあえず、今日は休んでまた明後日から頑張るわ」


「明後日? 明日、何かあるの?」


 アイリスが何気なく訊ねると、ミレットは一瞬にして表情を渋いものへと変えた。


「あいつと会うのよ」


 腹の奥底から絞りだされるような声と言葉に、アイリスは納得するように頷き返す。


「ああ、ヴィルさんとデートね」


「デートじゃない! と言うより、この件はアイリスのせいでもあるんだからねぇ~!?」


「短剣のこと? それは後でちゃんと代金を払うけれど」


 それよりも、明日は休みだったらしい。

 ミレットに休みの日の過ごし方を聞くまで、実は自分も明日は任務が休みの日だと忘れていた。


「明日、ヴィルさんにミレットを取られるなら、一人で鍛錬でもしようかしら」


「あ、訓練場は定期点検が入る日だから、自主鍛錬は出来ないわよ」


「え、嘘……」


 月に一度、訓練場は壊れた場所や備品がないか、点検されるのだがそれが明日だったらしい。


「ちなみに図書館も蔵書点検が一週間あるから、使用できないようになっているわ」


「えぇー……?」


 自分の休日の過ごし方と言えば剣の鍛錬か図書館で本を読むか、ミレットと外へ出かけるくらいだ。


 それなら、明日は部屋に籠って剣の手入れでもしようかと悩んでいるとミレットが何かを思いついたのか、突然にやりと笑う。


「明日、クロイドも休みなんでしょう? せっかくだから、二人で遊びに行けばいいじゃない」


「は? どうしてそこでクロイドなの?」


「あんた達、二人で組んでからどこにも行ったことないでしょう?」


「え? 任務でよく街には行くけれど?」


「そうじゃなくて! つまりは、デートよ、デート!」


 デート。

 つまり、恋人同士がどこかへ遊びに行くことだが。


「……はぁぁぁ!?」


 思わず大きい声が出てしまい、アイリスはすぐに自分の口を右手で押えた。


 今は夜だ。廊下で大きい声を出してしまったら、寝ている人にとって迷惑になってしまう。出来るだけ声を抑えてミレットに返事することにした。


「デートって、仲の良い……その恋人同士で遊びに行くことでしょう?」


「その考え方はやめて。私とあいつの仲は良くないから。……まぁ、恋人や仲のいい二人が遊びに行くのは間違いないけれど」


「仮に行くとしてクロイドと……どこに行けばいいのよ!」


 普段、自分がミレットと行く場所といえば、新しく出来たお菓子のお店にお茶をしに行ったりするくらいで、話している内容も身内の話ばかりだ。


「だから、恋人同士で行くような所でしょう? 喫茶店とか、ご飯の美味しい所や雑貨店とか」


「それ、ミレットと普段から行っている場所と変わらないじゃないっ」


 頬を膨らませるアイリスにミレットは意地悪そうに笑う。


「大体、そんなものでしょ。……あいつの場合は高級そうな店に連れて行かれそうで怖いけど」


 ぼそりと面倒くさそうに呟くが、律儀にヴィルからの申し出に応じている時点で、ミレットの負けだとアイリスは言わなかった。


 何だかんだでミレットはヴィルの事を信用しているし頼っている節もある。このまま彼らの関係を放っておいても大丈夫だろう。


「まぁ、明日は暇だろうし、誘うだけ誘ってみれば? それじゃあ、おやすみ~」


「え、ちょ、ミレット……」


 アイリスが言葉を続ける前に、ミレットの部屋の扉は閉められたため、アイリスは廊下で一人佇むこととなる。


「もう、どうすればいいのよ」


 そう呟きながら、自分の部屋へと入り、ベッドの上へそのまま身体を放り出す。


 ミレット以外に外に遊びに行ったことがあるのは、修道課のクラリスくらいだ。そして、たまにブレアとお茶をしたことがあるくらいで、あまり自分の交友関係は広いとは言えないだろう。


 別にミレットの言う通りにする必要はない。休みを自分の好きに過ごすのは勝手だ。


 ――だが。

 それでもクロイドと少しだけでも外に出かけることが出来たならば、楽しいのではないかと思ってしまう自分がいるのだ。


 誘ったら、受けてくれるだろうか。

 別にデートじゃなくてもいい。ただ、遊びに行くだけだ。


 ……明日、朝食を食べる時に、誘ってみようかしら。


 どのような言葉でクロイドを誘うか考えていたが、疲れのせいで眠気が襲って来てしまう。

 アイリスは身体が眠気で動かなくなる前にシャワー室で汗を流して、寝間着に着替えることにした。


 ベッドの中へと入り、再びクロイドに対してどんな誘い言葉をかけようかと考えていたが、気絶するように数秒で眠ってしまうのだった。



 ・・・・・・・・・・・・・



 翌朝、まだ食堂には数人しかいないほどの早い時間、アイリスは端の方の席で朝食を食べていた。


 結局、どういう風に誘えばいいのか分からないまま一夜が明けてしまった。

 そういえば、クロイドと休みが被るのは初めてではないが普段、彼は休みの日に何をしているのだろうか。


 悶々としながら朝食を摂っていると、目の前の席にすっと人が座って来る。


「あ……」


「おはよう」


 誘う言葉を探しているうちにクロイドが来てしまった。


「おっ、はよう……」


 変に声が裏返ってしまったが彼は気にすることなく頷いて、同じように朝食を食べ始めた。


「そ、そういえばね。今日はミレット、ヴィルさんと出掛けるんですって」


「あぁ、この前のあれか」


 滅多に見ることが出来ない珍しい剣を手に入れることが出来たのはミレットのおかげだ。あとでもう一度、十分にお礼を言っておいた方が良いだろう。


「そうなのよ。どこに行くのかしらね」


 そこで会話が途切れてしまう。


 遊びに誘うことがこれ程難しいとは思ってもいなかった。それよりもクロイドを遊びに誘うということ自体が、何だか少し恥ずかしいし、くすぐったい感じもする。


 アイリスが唸りながらパンを千切って頬張っているとふっと、何かを閃いたようにクロイドが顔を上げる。


「一緒にどこか出掛けるか?」


「へっ?」


 突然、クロイドから想像していなかった言葉を受けたアイリスはつい、間抜けな声で返事をしてしまう。


「アイリスも休みだろう、今日。訓練場も図書館も使えないし、することがないだろう」


 どうやらクロイドも今日、訓練場と図書館が使えないことを知っていたらしい。


「それは……そう、だけれど……」


 まさかの誘いにアイリスは何と答えればいいか迷ってしまう。


「あまり、この街を任務以外で歩いたことが無くてな。良い所を知っているなら、教えてほしい」


 そういえば、クロイドが街に出掛けているのをあまり見たことはなかった。

 普段は一緒に任務をするか、学園へ登校するかの二択で、それ以外の場所で見かけたことはない。


 クロイドはいつもは大人びていているが、年頃の少年のように遊びたい気持ちもあるのかもしれない。


「いいわ。行きましょう。美味しいアップルパイの店があるから、連れて行ってあげるわ」


 デートと言えば仰々しく聞こえてしまうが、相棒として遊びに行くのであれば、傍から見れば恋人の関係だとは思われないかもしれない。


 そういう風に見られるのは嫌というわけではないが、見た目で勝手に判断されたくないのだ。


「宜しく頼む」


「それじゃあ、10時にロディアート時計台が見えるミストルト公園の噴水前に集合ね」


 アイリスが時間と場所を指定すると、クロイドは了解として首を縦に振った。


 ミストルト公園は教団を出て、一番距離が近い場所に位置している公園だ。

 公園の敷地はそれなりに広く、自然が溢れ、静かな場所であると同時に、よくお弁当を持って食べにくる家族などが多く訪れる場所でもある。


「……」


 クロイドは顔を上げて何か気配を感じたのか周りを見渡してから、再び食事に手を付け始める。そこからは無言が続いた。


 食堂は朝から各々の任務がある団員達が次々にやってくるので、少しずつ賑わいを見せ始めていく。


 自分達、「魔具調査課」のことをあまり快く思わない者もいるので、そういう人間に会いたくないアイリス達は朝食を食べる速さを少し早めていく。


 いつもそうやって、食事をするので時間と人の目を気にせずにゆっくりと食事をすることはあまりなかった気もする。

 だが、これから出掛ける先ではクロイドと一緒にゆっくりと時間を過ごせるのだ。


 誘われたことは素直に嬉しいと思う。

 どういう意図があって、彼が誘ってきたのかは分からない。ただ、何となく思いついただけなのか、それとも何か思うところがあったのか。


 ……でも、どちらでもいいわ。


 口元が緩まってしまうのを見られないようにアイリスは食後の紅茶をあおるように飲み干した。

     

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