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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
昏き慟哭編
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血結晶

 

 自分を追って来た魔法使い達を全て片付けたあと、セリフィアは屋敷の最上階へ続く階段を上っていた。


 もはや、自分の身体は他人の血によって濡れており、嗅覚は麻痺していた。どの血が誰のものなのかも分からない。

 服に付着した血液は次第に乾いていき、妙な気持ち悪さだけがそこには残った。


 ふと気づけば、階段を全て上り切っていた。廊下は一本だけで、一番奥に部屋の扉が見えた。


「この部屋か……」


 セリフィアは辿り着いた部屋の扉に手をかける。


 瞬間、ばちんっと激しい音が響いたが、手が少々赤くなっているだけで、傷は生じていない。恐らく、屋敷の持ち主が防犯のために結界を張っていたのだろう。


 セリフィアにとって結界を破ることなど容易いものだ。

 それこそ、自分が破れない結界はエレディテルが張ったものか、イグノラントの教団に張られている結界だけだろう。


「このくらいの強度の結界で防ごうだなんて、考えが甘いよ」


 手を軽く擦りながら、セリフィアは扉の取っ手に手をかける。特に罠らしきものは仕掛けられていないようで、扉はすんなりと開いた。


「……」


 広がっている光景は普通の書斎だ。


 だが、壁や棚の上にはこの屋敷の持ち主である伯爵が収集したものが飾られていた。置き方を考えて、並べられていた。


「……悪魔の首に、ユニコーンの角、栄光の手……」


 並べられている収集物は、どれも魔法の世界において、道具として使えるものばかりだ。中には値段が付けられないものも置かれている。


 これらのものを集めるにはかなりの労力と金が必要だったに違いない。だが、それなりに珍しいものに自分は興味がなかった。

 求めるのは一つだけ、エレディテルに指定されたものだけだ。


 どこにあるのだろうと捜していると、執務机の引き出しの中に十字の紋様が刻まれた鉄製の小箱を発見する。

 セリフィアはそれを手に取って、魔法による罠を警戒しながらゆっくりと開いた。


「……ああ、これだ」


 鉄製の箱の中に入っていたのは、人の拳ほどの石だった。


 それは赤い血液を結晶化したと思えるほどに美しさと禍々しさを含んでいた。

 石には鮮やかな模様の細工が施されており、透かしてみれば、石の向こう側には赤い世界が広がっていた。


「間違いない。……『吸血鬼の血結晶』だ」


 エレディテルに持ってくるようにと頼まれていたのはこの石だ。


 これは「吸血鬼」と呼ばれる、人間の生き血を吸うことを好む生き物の血を魔法で固めて、宝石のように細工したものだ。


 吸血鬼という存在をセリフィアは見たことはないが、悪魔であるハオスは百年以上前に本物を見たことがあると言っていた。

 今はもしかすると、人間に狩られることを恐れて、隠れて生活をしているのかもしれない。


 そんな吸血鬼はかなりの長寿で有名だ。つまり、自分達が求めている「古の血」を遥か昔に生き血として吸っていて、体内に含んでいる可能性だってあるのだ。


 ……この血の結晶の中に、かつての古代魔法を扱う人の血が混じっていれば。


 エレディテルの研究にも大きな前進が見られることだろう。


 そうやって、窓の向こう側から照らしてくる月明りに石を透かしながら、赤い世界をどことなく呆けた表情で眺めている時だった。


 ──パンッ。


 乾いた音がその場に響き、セリフィアの身体は一瞬だけゆらり、と動く。


 魔力も気配も感じなかった。いや、こちらが感じないように何か細工を施していたのだろう。

 その上で、魔力を必要としない拳銃を使い、自分を撃った。しかし、一体誰が?


 銃弾はセリフィアの左肩を貫通していた。もしかすると、心臓を狙っていたのかもしれない。


「く、っ……」


 さすがに痛みが感じられたため、セリフィアは赤い石を左手で握りしめながら、背後を振り返った。


 パンッ、パンッ──!


 部屋の出入り口となっている背後へと視線を向けるよりも早く、続けるように二発、新たな銃弾が自分を襲う。


 今度は右のこめかみと首筋を掠めて通っていった。どうやら、銃弾を放った相手も動揺しているようで、命中とまではいかなかったらしい。

 でなけば、三発も撃たれている間に、致命傷を与えられていただろう。


 セリフィアは撃ち抜かれた左肩を右手で押さえながら、銃弾を放った相手に虚ろな視線を向ける。


「……スワルード伯爵」


 書斎の入り口に立っていたのは、自分と同様に血まみれとなった伯爵の姿だった。


「生きて、いたんだね」


 その言葉に伯爵は眉を中央に寄せながら、口を震わせる。


 先程、彼と客間で顔を合わせた際に戦闘が始まったが、自分は速攻で彼を仕留めたはずだ。どうして生きているのだろうか。


「ああ、幻影魔法と防御魔法を使って、死んだように見せかけた。……ローレンス家は誰よりも狡猾だからな」


「そう、僕は……また、失敗していたんだね。殺したと思っていたのに」


 ははっ、とセリフィアは渇いた声で自分自身を笑う。

 今日は何て様だ。失敗に続き、またもや失敗していたとは。確実に、殺さなければならないというのに。


 スワルード伯爵はセリフィアへと拳銃の銃口を向けたまま、動くことはない。

 手が震えているのは恐らく利き手ではないからだろう。彼の右腕は先程から動くことなく、だらりと垂れたままだ。


「……ここに来る途中、他の奴らの死体が無くなっていた。……どこへやったんだ?」


「……さぁ、どこだろうね? 僕は、何も分からないもの」


 スワルード伯爵と会話をしながらも、セリフィアは穴が開いた肩の治療に専念していた。


 傷を塞ぐことは出来ると言っても、それなりに時間はかかる。ましてや相手に気付かれないように魔法を使うのは難儀なものだ。


 セリフィアは細心の注意を払いながら、全速力で身体に刻まれた傷の治療に専念した。

 

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