片付け方
すると先程、張ったばかりの結界が魔法使い達の魔法によって破かれたのか、その反応が身体中に巡っていく。
それと同時に多数の足音もこちらに向かって来ていた。
「……いつもなら、簡単には破れないのに。やっぱり、本調子じゃない、かな……」
セリフィアはふっと深い息を吐いてから、廊下の壁に添えていた手を離して、自分の足で立ち上がる。
もう、十分過ぎる程に休んだ。そう思い、セリフィアは真っ赤に染まっている口元に弧を描いていく。
「──居たぞっ! あそこだ!!」
「手加減するなよ! あの女はローレンス家の猛獣だ!」
廊下の奥からは四人程の魔法使い達が雪崩れ込むように走ってくる。その手には瞬時に魔法が使えるように杖がしっかりと握りしめられたままだ。
「首か心臓を狙え! 再生が出来ないように!」
魔法使い達の杖が淡く光り始める。
セリフィアが一切動かずに廊下の真ん中に立ったままでいることに対して、何も疑問を持っていないのか、彼らは口を開くと同時に魔法の言葉を発しようとした。
──その時だ。
「ぐはっ!?」
「んがぁっ……!」
魔法使い四人は突然、廊下の壁から伸びてきた無数の赤黒い槍によって、一瞬にして串刺しにされていく。
尖端は針のように鋭く、その槍は魔法使い達の四肢へと遠慮することなく突き刺していた。動けば、その痛みは更に増すだろう。
「……駄目だよ。殺す時はね、ちゃんと殺気を抑えておかないと……」
ふふっと悲しげに笑ってから、セリフィアは一歩ずつ、串刺しにされたまま動けないでいる魔法使い達へと近づいて行った。
壁から突き出してきた赤黒い槍はセリフィアの血液によって形成されたものだ。
血を流した手を壁に触れながら、沿うように歩いていたことでセリフィアは相手に気付かれないように罠を張っていたのである。
「な、に……を……。が……はぁっ……」
魔法使いの一人が口から血を吐き出しても、セリフィアは穏やかな笑顔を向けたままだ。
「ねえ、あのくらいの魔法で本当に僕を倒せると思ったの? 僕は、全ての魔法使いの頂点に立つエレディテル・ローレンスの妹、セリフィア・ローレンスだよ?」
一歩ずつ、近づいていくセリフィアはそれまで血が噴き出していた腹部の傷が相手に見えるようにと、服をわざとらしく捲ってみせる。
「傷、が……!?」
セリフィアの腹部に刻まれていた傷はただ赤い液体を纏っているだけで、一線として傷痕は目に見えるものとして残っていなかった。
「ただ、屋敷の中を逃げているだけだと思った? ……その間に、身体も魔力も回復しているって気付かなかったのかな?」
「ぁ……、ぅあ……」
か細い声を上げて震える魔法使いもいれば、すでに絶命している魔法使いもいる。自分を追っていたのは、この四人で最後だろうか。
いや、どちらにしても片付けなければならないので、数える必要はないだろう。
兄からは、交渉が失敗した場合、全てを片付けてこいと命令を受けいる。
「……君達も反抗する意思を示さなければ、ローレンス家だって、少しの間くらいは生かしておいてくれたと思うよ」
「……っ」
セリフィアの言葉に苛立ちと激しい怒りを覚えたのか、魔法使いの一人が表情を歪ませながら叫んだ。
「ローレンス家め……! お前達さえ、いなければ……! 誰もが死なずに済んだんだ! 罪無き者を利用し、蹂躙し、そして使い捨てた! そこに、一欠けらの慈悲も与えず! ただ、己の欲望のためだけに魔法使い達を生贄に捧げ続けた!!」
「……」
「他人の屍の道を歩む者に栄光など掴めるものか! お前達は存在が地獄だ! 死んでしまえ! 死んでしまえぇっ!!」
泣き叫ぶように声を上げ、そして魔法使いはそのまま血を吐いて事切れた。
まるで、最期はローレンス家の手で死にたくはないという意思表示のように見えた。
……愚かだ。
それは相手に向かって呟いたのか、自分に向かって呟いたのかは分からない。ただ、いつの間にかそう発していた。
……僕は、いつまで他人の死を見続ければいいのだろう。いつまで、この手を赤く染め続ければいいのだろう。
本当は誰かを手にかけることは好きではない。
悪魔であるハオスは好んで人をいたぶるが、自分にそのような趣味はない。
だって、仕事だから。
これは兄に命令された、絶対にやり通すべき命令だから。
……ああ、終わる時は、きっと僕が死ぬときだ。
そうでなければ、終われない。
何故なら、ローレンス家は他人の死の上を歩き続けることしか出来ないから。
セリフィアは串刺しのまま動くことが出来ないでいる魔法使いに近づいていく。
多量の出血により、意識も絶え絶えとなっているようだが、それでもセリフィアが近づけば、敵意を視線で示してきた。
彼らを片付けたあとでまた、屋敷内をしっかりと見回った方がいいだろう。先程の戦闘時に死んだ者達はそのままにしているので、そちらも片付ける必要がある。
ローレンス家が彼らに手をかけたという証拠は残してはならない。
そのために、自分は──彼らを、片付けなければならないのだ。
片付けている時の記憶はなくても、きっと自我を取り戻した時には、周囲に生きた人間はいなくなっているのだろう。
それは、いつものことだ。
その方法こそが、自分の最良の片付け方だとエレディテルが言っていた。
兄の言葉こそが自分の意思だ。それでも──。
「……ごめんね」
セリフィアは涙をぽつりと流しながら、魔法使い達を見下ろす。
彼らに死を与えるのは自分だ。
そのことを魔法使い達も理解したようで、瞳は大きく見開かれ、身体は静かに震え始める。
「ぁ……」
か細い声がその場に響く。
恐怖と驚愕と憎悪。それらの感情が込められた瞳がセリフィアへと向けられていた。
瞬間、その場に生暖かい風が吹き抜けていき、セリフィアの身体は淡い光で満ちて行った。




