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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
塔の茶会編
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名の由来

 

「森に住まう魔物を全て討伐し終えたエイレーンは次に、海に住まう魔物を討伐することにした。この際にも自分の身を囮にすることで魔物をおびき寄せ、そして──全てを一瞬のうちに氷漬けにして、粉砕したらしい。それはもう、冬の雪のように」


「……」


 思わずその光景を想像して、絶句してしまう。海を渡るために凍らせたエイレーンだからこそ、出来る業だろう。

 彼女にとって、魔物は取るに足らない存在だったのかもしれない。


「一瞬にして魔物を根絶やしにしたエイレーンの姿をそれまで隠れていた移民達は見ていたらしく、まるで神様のように見えたと言っていた。……恐らく、魔物だったものを凍らせて、粉砕させた欠片が雪のように散らばっていたことでエイレーンの姿が幻想的に見えたからじゃろう。黒髪に黒目の移民からしてみれば、金髪に青目のエイレーンは目を引く姿をしておったからな」


「神様……」


 ここで何かに引っかかったアイリスはぽつりと言葉を口にする。オスクリダ島には見えない「神様」がいた。


 アイリス達の推測では、かつての島人達が大穴の中に落ちないようにするための教えとして、神様が人を攫うため迷える森には入ってはいけないという言い伝えが表向きに伝えられてきていると考えている。


 だが、その神様は一体どこから来たのか、という疑問は未だに晴れないでいた。


 アイリスが言いたいことが分かっているのか、イリシオスはふっと息を漏らすような笑みを浮かべる。


「全ての魔物を倒し終えたエイレーンは移民達に笑顔で迎え入れられ、そして自分達を救うべく現れた『神様』として崇められてしまうことになった」


「それは、また……」


「確かに普通の人から見れば、魔法は神の御業(みわざ)だと勘違いされてしまうでしょうけれど……」


「その通り。……だが、移民に魔法に関することを説明しても理解してもらえるとは思っていなかったため、移民達を救うためにやってきた神の使いだと説明することにしたようじゃ。……神への信仰によって魔女は迫害されていたというのに、『神』というものを皮肉にも扱ってしまったと苦笑しておった」


「……」


 エイレーンも皮肉だと言っていたようだが、本音は別にあるのではないだろうかとふと思った。


 魔女だったエイレーンは信仰される「神様」の敵となる存在として、他者から認識されると思っていたのだろう。

 そんな彼女が見えない上に自分を迫害する理由ともいえる「神様」を利用したのだから、その心中は複雑だったに違いない。


 それでも、エイレーンは恐怖で震える移民達のために、神様を利用することを選んだ。


「魔物を全て討伐したエイレーンは片言ながらも、移民達に島も海を安全であることを伝えた。その上でこのまま島で暮らすのか、それとも海を渡って、イグノラント王国のグロアリュス国王の庇護下で移民として新しい生活をするかを提案することにした」


 訊ねなくても、移民達がこの二択から何を選んだのかはすでに分かっていた。


「移民達は島に定住することを選んだ。何もない、一からの状態で生きることを選んだのじゃ」


 移民達には移民達の理由があって、他の地への移住を決めたのだろう。エイレーンは彼らの意思を汲むことにしたらしい。


「それから暫くの間、エイレーン達は移民達の生活が安定するまで、こっそりと魔法を使いながら支援することにした。島の簡単な地図を作り、食料を調達し、そして家を作るための木材を切った」


「……随分と、手慣れているんですね」


「エイレーンは教団を創る以前は森の中で、一人で暮らしておったからのぅ。そのくらいは容易いもんじゃ」


 ふぉっふぉっふぉ、とイリシオスは愉快げに笑ってから、ハーブティーに口を付ける。


「移民達の生活が安定したのを確認してから、エイレーン達は島を出ることにした。その際に島の名前を付けることになったらしく、移民達からぜひエイレーンに名前を付けて欲しいと言われたようじゃ」


「では、エイレーンがいた当時に『オスクリダ島』という名前が付いたのですね」


「うむ。……古代魔法が盛んだった時代には、『オスクリダ』は『闇』を意味しているものとして伝わっていた。何故、その名前を付けたのかとエイレーンに訊ねれば、彼女は笑ってこう答えた」



『──だって、皆の髪と瞳の色が黒色よりも深くて、見入ってしまいそうな程にとても綺麗だったの。闇って、世間的には暗いものだったり、恐れたりするものだけれど……私にとっては、あの「色」は美しくて眩しい色なのよ。だから、「オスクリダ島」にしたの。闇は夜。そして夜はいつか必ず明けるものだから……。そんな意味を込めて、この名前にしたのよ。……夜が明けたその先に、いつまでも、その黒き輝きを持つ人達が永遠に笑えることを信じて』



 エイレーンのその言葉にアイリスはいつの間にか目を見開いていた。彼女は「闇」というものを忌避するものではないと考えていたのだ。


 オスクリダ島には何か得体のしれないものが潜んでいる故に「闇」という名前が付いているとばかり思っていた。

 だが、違ったのだ。


 全ての始まりとなる言葉に込められた意味は、決して絶望したり恐れたりするものではない。

 そこにあるのは確かな希望が込められた名前だったのだから。


「……エイレーンは……」


 ぼそりとアイリスは言葉を口にする。それまで、オスクリダ島の名前の由来を恐れていた自分自身が恥ずかしいくらいだ。


「エイレーンはどこまでも澄んだ人だったのですね」


 会ったこともない彼女のことをただひたすら、眩しく思うばかりだ。今まで色んな人間がエイレーンという存在に惹かれて来た理由が分かる気がする。


 エイレーンの享受する器の広さと、そして望みを実現出来る絶対的な力。だが、彼女が人を惹き付ける理由はそれだけではないのだ。


 ……きっと、今の私ではエイレーンの全てを理解することは出来ないのでしょうね。


 エイレーンはあまりにも大きすぎる存在だと改めて認識した。それでも、そこにいたのは当時を生きる生身の心優しい女性だったことは分かっている。


 彼女は目に映るもの全てが笑顔になれる世界を創りたかっただけなのだと。


「澄んでいるからこそ、濁ったものが見えやすいのじゃよ、アイリス。逆もまたしかり、じゃ」


 どこか深い意味が込められたような瞳でにこりとイリシオスは笑みを浮かべていた。

 

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