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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
塔の茶会編
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大穴の理由

 

「まず初めに、海から突然やってきた自分達はイグノラントの港へと流れ着いた移民の知り合いだと、他の移民達には説明し、持参していた食料を分け与えて、出来るだけ恐怖と緊張を和らげようとした。エイレーン達は、海と島に住まう魔物を退治しにきたと伝えたが、誰しもが疑いの目を向けてきたらしい。……彼らに根付いていた恐怖による傷は思っていた以上に深いもので、このまま放置していれば発狂してしまう程に危うい状態だったのじゃ」


「……」


 見知らぬ生き物が牙を向けてくれば、抵抗する術も持たない人間ならば気が触れてしまうだろう。アイリスは当時の移民達の状況を想像してはその悲愴さに唇を噛んだ。


「そこで移民達の安心感を得るために、絶対的な保護領域として地下に長く頑丈な通路を作ることにした。人間達をまとめて透明な結界の中に囲うよりも、目に見えた壁によって強固に守る方が魔力無し(ウィザウト)である者達には、保護による安堵が得られるだろうと考えたからじゃ。もちろん、その通路は即席とは言え、崩れ落ちることがないようにしっかりと補強と結界の魔法をかけることにした」


「……その通路が数百年経った今も、強固なまま保たれていたのですね」


 それはアイリス達が辿り着くことが出来なかった真相だった。

 オスクリダ島で見た長い地下通路は、数百年前にエイレーンの魔法によって人工的に作られたものだったのだ。


 恐らく、セプス・アヴァールが実験場として使っていた地下空間や檻が並べられていた場所は移民達の生活する区画として広々と作られていたのかもしれない。


「エイレーンは移民達の精神的な部分を守るために、共に島へと訪れていたクシフォスをその場に置いて、一人で魔物を討伐するべく森の中へと足を運んだ」


「一人で……」


 そこにエイレーン自身の魔力や実力に対する絶対的な自信があることが窺えた。


 魔力の高い彼女ならば、他者の魔力を容易に感じ取ることが出来たはずだ。きっと索敵も上手かったに違いない。


「魔物は魔力が高い者を食べることで、更なる強い魔力を得ようとする者が多い。もちろん、腹を満たすためだけに人を襲うことが多いのも事実じゃが……。エイレーンは自らを囮にすることで、魔物達の意識を全て自分に向くように仕向けたのじゃ」


「……」


「多方から襲い来る魔物を消し炭にしながらエイレーンは森の奥へと進んで行ったらしい。……そして、一番奥には魔物達を従える親玉とも言うべき大きな魔物が鎮座していたと言っていた」


 イリシオスは喉を一度、潤すためにカップに口を付けてからハーブティーを喉の奥へと流し込んだ。


「親玉の魔物は大木の姿をしていたが、自分よりも力が弱い者の意思を操ることが出来る特殊な魔物じゃった。しかし、植物ゆえに動くことは容易ではなく、配下となる魔物に餌を運ばせて生きながらえる手法を取っていたらしい。それだけでなく、この大木の樹液や花の蜜を一度、吸ってしまえば身体が貪欲に欲してしまう成分が含まれていた。人間が一滴でも体内に入れれば、幻覚作用や中毒症状が出てしまう恐ろしい本質を持っていたのじゃよ」


「っ……」


 イリシオスの話はアイリス達がオスクリダ島の大穴の底で見つけた白い花が持っている成分と同じものであった。


「つまり……。私達がオスクリダ島で見た白い花は……あれは、魔物だったということですか」


「……そうとも言えるし、そうとも言えない。……まず、この大木の魔物についての話をしておこうかの」


 イリシオスは苦い表情をしながら、はっきりとした言葉を避けた。一体どういう意味なのだろうかと首を傾げると彼女はさらに言葉を紡ぎ始める。


「この手の魔物は食魔(しょくま)植物と呼ばれているものの一種で姿は植物だが、小物である魔物や人間をおびき寄せて食らう生き物であった。エイレーンは何度か食魔植物を討伐したことがあるため、特に詳しかった。彼女は親玉の魔物が大木と知るや否や、その魔物の根を一本も逃すことなく結界で囲み、内側から加熱するように火を点けて全てを燃やすことにしたのじゃ。食魔植物は火に弱いからのぅ」


 その状況を想像したアイリスは思わず、喉の渇きを覚え、急いでハーブティーを喉へと流し込むことにした。


「もちろん、魔物の方も抵抗はしたがエイレーンの力の前では赤子同然だった。彼女は大木を燃やし続け、そして地面ごと根こそぎ空中へと浮遊させてから、再生させる暇を与えずに一瞬にして消し炭にしたらしい」


 恐るべし、エイレーン。人に害を成すものには容赦がなかったらしい。


「それでは、島の中心とも言える位置に大穴が開いていた理由は……」


「うむ。エイレーンの手によって、根こそぎに掘られた大穴じゃ。地面も魔物の魔力に影響を受ける場合があるため、丸ごと消し去って、周囲を浄化することにしたのだろう」


「丸ごと……」


「あ、それで……あの大穴の底に群青していた白い花には微力の魔力が宿っていたのか……」


 それはクリキ・カールの手記に書かれていた内容に対する解答だった。クロイドが何かに納得するように頷けば、イリシオスは少しだけ表情を曇らせる。


「その白い花は……。あれは魔物としての機能を失った残りかすのようなものなのだろう。エイレーンは魔物を滅したが、どうやら周囲に散布していた見えない種子まで消し去ることは出来なかったらしい。……その白い花は魔物の一部じゃが、エイレーンの魔力が影響した土壌によって育った花でもあるため、彼女の魔力が僅かながら付与されていたのじゃろう」


「なるほど……」


 エイレーンの魔力が影響したことで、あの白い花は暗闇の中、光合成を行うことなく咲き続けていたというならば、その魔力の持続力は想像以上に気が遠くなるものだろう。


 エイレーンの力には限りがないのではと思えて、ただひたすらに凄まじく感じられた。

 

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